
●マリーナ・シティ
Marina City
300 North State Street
Chicago, IL 60610
2つの筒状の超高層マンション、コーンコブ(トウモロコシの穂軸)という愛称で知られているマリナタワーは、シカゴを代表する建物の一つで、そのユニークなデザインはダウンタウンで一際目立ちます。 このタワーは第二次世界大戦後、アメリカで最初の超高層ビルディングで、このマリナ・タワーのある3,672坪の敷地はマリーナ・シティと呼ばれ、シカゴダウンタウンの中心地、シカゴリバーの北側沿いのステート・ストリートにあります。
マリーナ・シティの設計は、ルートヴィヒ・ミース・ファン・デル・ローエ
Mies van der Roheの生徒、バートランド・ゴールドバーグBertrand Goldbergによるもので1964年に完成されました。
マリーナ・シティは「市の中の市」"city within a city"という60年代の近代都市建築の概念にもとづき建たれた総合ビルディングで、この発想は住宅、駐車場、店舗、レクレーションなどがすべて敷地内に設けられ、有意義な生活が建物内で過ごせるという意図で、当時の建築哲学に大きな反響を呼びました。 興味深い事は、この総合ビルディングの資金援助は労働組合からで、この時期の極度な郊外の発展において都市での仕事がなくなってしまうという不安がこの援助の原因だったようです。
現在では、労働組合とは関係なく、city within a cityというコンセプトは続けられていて、マリーナ・シティにはマンションの他、スイミング・プール、コンサート・ホール、ホテル、AMF高級ボーリング場、クランチ・ヘルスクラブ、銀行、Bin 36やSmith & Wollenskyレストランが設けられています。 まさにマリーナ・シティから一歩も外に出なくても生活できるようになっているのです。

さてこのマリナ・タワー、19階までは駐車場で、21階から60階まではマンション、そして61階は住民が利用できるオープンのデックになっています。 ただしマンションになったのは1977年からで、その前はアパートメントでした。
マリーナ・タワーの設計に関しては、バートランド・ゴールドバーグはこの時代に評判だった直線とキュービックの近代デザイン傾向を避け、円と曲線のフォームを用いました。 タワーを筒状にすることで、風の威力を和らげることに成功したのです。 またその半円の形を成すために、スティールではなく、この時代の最先端といわれたコンクリートを要しました。 この時期、コンクリートをこのような規模で用いるのは稀なことで費用のことが指摘されましたが、実際には建設費が3600万ドルと通常のビルに比べてはるかに安くあがったことで話題になりました。
完成した60年代には、179メートルの高さに及ぶこの双子の塔はアメリカで一番高い高層マンションで、シカゴダウンタウンを一望できることで評判になりました。 現在ではマリーナ・シティの周りにはこのタワーより高いビルディングが立ち並びますが、マリーナ・タワーからのシカゴダウンタウンの眺めは今でも艶やかです。
マリーナ・シティはニューヨークのTWAターミナル、シドニーのオペラハウスと共に、60年代を代表する壮大なデザインとコンクリートを巧みに用いた歴史に残るビルディングの一つです。

●豆知識
マリーナ・シティ・タワーのマンションの内装には90度の壁はほとんどありません。 円形の構成で、すべてが16角のパイ上にあるため部屋やホールのレイアウトはすべてくさび形になります。
450車駐車できる駐車場同様、それぞれのタワーのマンションの数も450です。
人気バンド・ウィルコWilcoのアルバムYankee Hotel Foxtrotではマリーナ・シティ・タワーの写真がカバーになっています。
スティーブ・マックウィーンの最後の映画 「ハンター」で、マリーナ・タワーがセットとなりました。マックウィーンが悪者の乗った車を追いかけている途中、15階で悪者はハンドルを誤りシカゴリバーへ転落するシーンです。
1998年にシカゴのハウス・オブ・ブルースはマリーナ・シティで創立され、またハウス・オブ・ブルースのホテルも此処で経営されています。
●MARINA CITY
設計 Bertrand Goldberg
1967年完成
高さ179 メートル
61 階
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