篠田研次氏インタビュー記事
 昨年、米国中西部の10州(イリノイ、インディアナ、アイオワ、カンザス、ミネソタ、ミズーリ、ネブラスカ、ノースダコタ、サウスダコタ、ウイスコンシン)を管轄しているシカゴ日本国総領事館に新しい総領事が赴任した。赴任以来、非常に活発な活動をされており、多くの方は既に新しい総領事の印象を持っているに違いない。

お忙しいスケジュールの合間を縫って、在シカゴ日本国総領事館の篠田研次総領事にお話を伺うことができた。以下は、篠田総領事のお話である。

−シカゴへ赴任した経緯について

 アメリカでの在勤が過去に2回あったということがシカゴへの赴任の話が来た一つの理由ではないかと思っています。最初は駆け出しの頃、77年から2年間、ボストンのハーバード大学大学院での研修でした。そして、2度目は、90年から3年間ワシントンの大使館で勤務しました。

 初めてシカゴに来ましたのは、米国での研修を始めた30年前の1977年の夏でした。当時、研修中はできるだけ米国各地を訪れ見聞を広げよ、と指導されておりましたこともあり、早速最初の夏に同僚と車でアメリカ大陸の縦断・横断を致しました。その際に中西部の平原も走った訳ですが、兎に角、ハンドルを固定して寝ていても良いのではないかと思うほど真っ直ぐなハイウェーが延々と続いていましたし、道路の両脇には大豆、とうもろこしの畑がこれまた延々と続き、地平線まで達していたのが誠に印象的でした。そして、突然、シカゴのスカイラインが遠くに見えてきたのを鮮烈に憶えています。シカゴの街に入ると素晴しい建築美でした。当時は、将来シカゴで勤めることになろうとは思いも寄らないことでしたが、シカゴへの赴任が決まったときには、ああ、あそこに戻るのか、と懐かしい思い出と記憶がどっと押し寄せてくるような感じで、内心嬉しく感じた次第です。

 中西部ということでもう一つ申し上げれば、実は中学校に入学して初めて手にした英語の教科書の第一課が「Jack and Betty, Madison, Wisconsin」というストーリーで始まっていたのです。そして、その後そのことが妙に記憶から欠落せずにずっと残っていたのですが、まさかそこを管轄する総領事として赴任することになろうとは、という何かしら不思議な気持ちがしています。中西部はハートランド・オブ・アメリカと称されますが、アメリカの中のアメリカということで、当時の関係者が教科書の舞台設定としてウイスコンシン州マディソンを選んだのではなかろうかと推察しています。

−赴任後の手ごたえと今後の展望について

 在シカゴ総領事館としての任務には、3本の柱があると考えています。1つ目の柱は、シカゴ、中西部に在留しておられる日本人の皆様が、日々安全に、そして楽しくご活躍頂けるようにお手伝いさせて頂くことです。その中でもやはり領事サービスが大きな部分を占めます。勿論、日系米人や米国人一般の皆様に対するサービスも同様に極めて重要な職務です。安全に関すること、旅券、ビザ、各種証明書の発給、在外選挙等々関連の職務は多岐に渡ります。在外選挙については、最近、小選挙区選挙についても投票することができるようになりました。今年は参議院選挙もありますし、業務量も増えています。

 在シカゴ総領事館は、中西部10州を管轄しています。2年前、カンザス・シティーの総領事館が閉館するにあたり、既存の4州に加え、6州を併せて管轄するようになった訳ですが、この管轄地域の拡大に伴い質量の両面でレベルが落ちないように、出張領事サービスの充実などを含めてできる限りの努力を傾けたいと思っています。緊急事態時の円滑な連絡網の充実や関連情報の発信にも努めております。

 そういった日々の努力に対しましては、色々な評価やご意見も頂いており手ごたえを感じています。それらのご意見も踏まえまして、更にサービスを充実させていきたいと考えています。

 2つ目の柱は、日本と米国中西部との経済・ビジネス交流や文化交流の促進です。この柱は、とても重要であると考えています。中西部というのは、日本のビジネスにとって大きな存在ですし、中西部のビシネス界にとっても日本は極めて重要な存在です。着任以来、各地を回ってみましてもそのことを強く感じます。私共の調査では、管轄10州における日系事業所数は1,000を大きく上回っており、これまでに10万人近くの雇用を生み出してきています。中西部の各地域コミュニティーは熱心に日本からの投資誘致を進めていますし、日系企業は、各地域でコミュニティーに溶け込む努力を怠らず続けておられます。各地での日系企業に対する米国人の姿勢は総じて好意的で、心強く感じています。そういう良い関係を更に強めていくことができるように、触媒的な役割を果たしていくことができればと考えています。

ここのところ日本は、いわゆる“失われた10年”と言われ経済不振に苦しんできた時代を克服し、元気になってきたと言われています。この中西部にも、一時は撤退気味であった日本企業が、元気になって戻って来られつつあるというのが実感です。こういう流れを大切にして、私共もできる限りのお手伝いをし、経済・ビジネスの交流を深めていきたいと思っており、その面では、手ごたえがあり、やることも多いと感じています。

 例えば、中西部との関係では、日米財界人会議の下に中西部会という会議があります。中西部会は、日本と中西部とをつなぐ最も伝統ある重要なビジネス・フォーラムで、40年近く毎年日米交互に行われてきたものです。昨年9月、インディアナポリスで行われた中西部会に着任後直ぐに出席させて頂きました。日米双方の知事やハイレベルのビジネス関係者が約600人も集まりました。今年は、9月9−11日、東京の帝国ホテルで開催されます。この9月の会合が、中西部から各州の政府・ビジネス関係者がハイレベルで、多数参加され、米国中西部と日本の相互のブランドを高めあう良い機会になることを期待しています。

 文化交流については、大きな可能性があると思います。例えば、シカゴの文化水準は非常に高いものがあります。また、イリノイ大学のジャパン・ハウスは日本文化紹介の一つの拠点になっています。シカゴ植物園では、全米屈指の日本庭園を通じて日本文化が伝えられています。生け花や盆栽などの行事も活発に行われています。そのような行事等を通じて、中西部の皆さまと協力しながら日本文化の紹介に努めてまいりたいと考えています。シカゴは、そういった文化に関する活動に対して響くものがあります。そういう環境の中で伝統文化、現代文化を伝える努力の一つの触媒になれればと考えています。昨秋、シカゴ日米協会の協力によって実現した、シカゴ国際映画祭における“ガンダム”の紹介は、大成功でした。アニメなら日本という印象が一層強まったのではないかと思います。また、歌舞伎や能、文楽、茶道といった伝統文化についても、シカゴは知的水準が高く、興味のレベルも高いと言えましょう。

 観光振興も重要な仕事であると考えています。シカゴといえば、米国においてすら、未だにアルカポネやギャングの町、衰退した工業地帯といったイメージが一部に残っている様子です。実際の現代シカゴは、花や緑の多い、美しく、躍動感に満ち、洗練された文化水準の高い街です。建築美も素晴しいと思います。写真を撮るにも被写体がごろごろあります。古いものも新しいものも沢山あります。また、シカゴは、風の街というキャッチ・フレーズがつけられていますが、私にとっては、湖の街だと思っています。日本人にとって水のある環境はたまらないものです。美術館や博物館については、質・量ともに充実していますし、エンターテイメントについては、演劇やオペラ、ジャズなど宝の山です。

世界的に有名な建築家フランク・ロイド・ライト関連の施設も見てきましたが、感銘を受けました。ライトは、日本の旧帝国ホテルのデザインを手がけた人物です。先日、「フランクの家」という演劇を見る機会に恵まれましたが、関東大震災の際に、ライトの設計した帝国ホテルは壊れなかったという逸話を紹介しています。

 私自身は、昨年の秋に赴任致しましたので、夏にしかできない水上からの建築物の見物などはまだ出来ていませんが、楽しみにしています。

観光振興は双方向で考えるべきものと思います。日本では、ビジット・ジャパン・キャンペーンをやっていますが、中西部から日本を訪れる観光客はもっと増えてよいと思います。この面で、日本への関心を高めることが一つの課題であると考えています。

3つ目の柱は、中西部と日本の間の相互理解の促進です。日米同盟は半世紀以上も続いており、更に進化を続けているほど強固な同盟です。日米関係は現在最高の状態が続いています。一方、良好な関係が当然視されすぎているという傾向が感じられます。日々新たな知恵を出して関係強化を図るという努力を怠るといつでも下向きになるという危険もあるのです。常に相互理解の増進のために地道な努力を続けていかなければならないと考えています。

ビジネスの面でも同じようなことが言えます。日米間には、例えば、80年代の貿易戦争、貿易摩擦といった厳しい局面もありましたが、今では、そういった過去が嘘のように、日本企業の対米投資大歓迎、もっと進出してきてほしいという雰囲気です。ここでも現状を当然視することを戒め、更なる相互理解促進への努力を怠ってはならないと思います。

一方において、中西部の政治・経済などの状況をできるだけ的確につかみ、他方において、日本の立場や方針、政策などを発信していくことが重要だと考えています。近年、インターネットによって、時間と場所の共有の可能性が爆発的に広がりました。そういったツールも日々進歩しているということを踏まえながら、状況把握や情報発信に努力していくべきだと考えています。

−シカゴの良いところについて

 いろいろありますが、先ほどまでの話の中に更に付け加えるとすれば、シカゴの一番の良さは、人の良さだと思います。中西部では人々が親切であり、おおらかでゆったりしている感じがします。せかせかしない、時間がゆっくり流れている雰囲気は、気持ちにも余裕を与えてくれます。

−今までに乗り越えた障壁

苦しいことはいくつもあったと思うのですが、今では忘れてしまっているようです。これといって直ぐにはなかなか思い出せないですね。特に、シカゴに来てからは楽しく、また、人々に親切にしてもらっているからでしょうか。

 そういえば、障壁を乗り越えたという経験ではありませんが、今までの仕事の中で一番忙しかったということで思い出しますのは、二十数年前、東京の外務本省のソ連課というところで若手の事務官として仕事をしていたときのことです。1983年に当時のソ連のスホイ戦闘機が大韓航空の民間旅客機をサハリン上空で撃墜するという事件が起こりました。二週間ばかり殆ど寝た記憶がないほどぶっ続けに仕事をして処理に当たりました。当初ソ連はどうしても撃墜の事実を認めなかったのです。ところが、稚内にある自衛隊の基地でソ連軍用機のパイロットと地上基地との間の無線交信の内容が傍受されていたのです。情報は実は日米間でリアルタイムで共有されていたのですが、その後その音声録音テープは、情報収集能力を天下に晒してしまうことになるというリスクを犯して、日米協力して国連安保理に動かぬ証拠として提出されました。その結果、ついにソ連も撃墜の事実を認めざるを得なくなったのです。あれほど疲れてふらふらになりながらも、何とか一つの歯車として働き通せたことが思い出になっています。おかしな表現ですが、その時が、この30年の内で一番寝なかった時ではないかと思います。

−仕事、人生で大切にしていること

 大抵のことは時間が解決するということでしょうか。何か起こった時、その時点ではくよくよすることもありますが、時間が経てば多くは解決しているものです。私自身、苦しいときにはなるべくそう考えるように努めています。苦しいことや辛いことは日々ありますし、また、時には何日も続くこともありますが、多くのことは時間が経つことで癒えるのではないかと思っています。車の車輪のように、上に行ったり下に行ったり、だめだと思っても、それなりに転がしていると解決することが多いと思います。

 また、自分自身なかなか出来ていないことですが、前傾姿勢ということを心がけたいと思っています。それは、出来るだけ前向きに物を見るということでもありますし、また先へ先へと物事を見るということでもあります。スポーツで言うアスレチック・スタンスということでしょうか。少し前かがみで両足を広く構えたスタンスで、前から押されても後ろから押されても容易に倒れない強い姿勢です。精神的な前傾姿勢が重要であると思います。つまり、できるだけ積極的に前に前にと出つつ、不意を突かれても対応できる精神状態でいたいということです。

 また、“人生万事塞翁が馬”という言葉にも共感を覚えます。まあ、人生色々で、そう考えないとやっていられないということもありますが。

−余暇の過ごし方、趣味など

 散歩やドライブ、旅行が好きです、いろいろなところに行って、新しいものを見るのが楽しみですね。現在シカゴの北のエバンストンに住んでおりますが、直ぐ裏がミシガン湖で、また近くにはノース・ウェスタン大学のキャンパスもあり、散歩にはとてもいい環境です。運動としてのウォーキングも兼ねて、よく歩いています。

 また、映画も好きです。最近では、クリント・イーストウッド監督の“硫黄島からの手紙”を見ました。この作品は、硫黄島の激戦を日本の視点から描いていますが、バランスのとれた良い作品だと思いました。シリーズ第二作ということですから、近いうちに早く第一作を観たいという気持ちになっています。また、先日、北朝鮮による拉致問題を取り上げたドキュメンタリーの“アブダクション”も見ました。マット・デーモンの“ボーン・アイデンティティー”や”ボーン・スプレマシー“も最近DVDで見て気に入りました。“リーサル・ウェポン”や“ダイ・ハード”などのアクション映画も大好きで、繰り返して、観ています。トム・クルーズの“ラスト・サムライ”や“ミッション・インポシブル”も良かったのですが、一番好きなのは、”トップ・ガン”です。見るとなぜか元気になるんです。今はビデオではなくDVDなので、こういう表現はあまりないかもしれませんが、文字通り“擦り切れるほど観た”映画です。

 スポーツ観戦も好きです。今シーズンは特にシカゴ・ベアーズの調子が良かったこともあって、随分フット・ボールが好きになりました。先日、ベアーズが勝った日には、インディアナポリス・コルツも勝ち、今週末のスーパー・ボールは正に中西部スーパー・ボールになりました。野球も一昨年はシカゴ・ホワイトソックスが、昨年はセントルイス・カーディナルズがワールド・チャンピオンになるなど、中西部はここのところ元気ですね。

−今後やりたいこと

 アメリカの各地、特に管轄の中西部各地を出来るだけ訪れ、よく見たいと思っています。日本では、既に全都道府県に足を踏み入れました。アメリカもこの30年間にかなり色々なところに行っています。駆け出しの研修の時に既に40州近くに足を踏み入れましたので、これまでに50州にかなり近いところまで来ているのではないかと思います。

 中西部については、各地に出来るだけ足を運ぶことが仕事そのものである訳ですが、もう少し暖かくなったら、いわば、地を這うような出張をしたいと思います。サウスダコタやノースダコタも併せて、できるだけ多くの場所を訪れたいと思っています。

 シカゴについてやりたいことを考えると、悩みが尽きないのです。面白いことや見たいことがあまりにも沢山ありすぎるからです。いろいろな人に会ったり、視察に行ったりと経験したいことが沢山あります。各地にごろごろとあるシカゴ・中西部の楽しみを、変な表現ですが、骨まで味わいつくしたいという思いです。

−US新聞読者へのメッセージ

人と人との出会いは、廻り合わせであり、同じ時間と場所を共有することで意味を持ち、大切なものになります。この時間と場所の共有の可能性を爆発的に拡大している媒体であり、その意味で大きな潜在力を持っているUS新聞さんに、先ずは、敬意を表したいと思います。

 読者の皆様には、特に遠くにいらっしゃる皆様には、シカゴは魅力に満ちた素晴しい町だということを申し上げたいと思います。アメリカの真ん中にあって何となく掴みどころが無いというイメージをお持ちかもしれませんが、湖の町であり、活力に満ちた、文化的価値の溢れた、そして何よりも中西部ならではの人の良さを持ち合わせた街なので、是非注意を向けて頂きたいと思います。

 インタビュー中には、真摯にお話していただいている姿や様々な経験に裏づけされている前向きな姿勢に、おのずと期待感に満ちた空気が漂っていた。一方、ゆったりとしたお話の合間に時折見せるその鋭い眼差しの奥に、仕事に対する、そして、シカゴに対する熱い想いを感じた。

 US新聞も、シカゴを代表とする米国中西部の日系社会のリーダーである篠田総領事に従い、微力ながら前向きな活動をしていこうと心を新たにした。

2007年1月31日@在シカゴ総領事館 総領事室
文責:鴻田
写真:藤河


■篠田研次(Kenji Shinoda)氏 略歴

1976年に京都大学法学部卒業、外務省入省。1979年にハーバード大学大学院卒業。外務本省では、欧亜局、アジア局、条約局、中近東アフリカ局、大臣官房で勤務。在外公館については、ワシントンDC、モスクワに在勤。在ロシア大使館公使を経て、2002年から条約局審議官、欧州局審議官、総括審議官を務めた後、2006年9月から現職。

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