小澤芳博氏インタビュー記事


 世界の距離が短くなったのには、航空業界の発達が大きな役割を担っている。いわば世界の公共交通機関としての航空業界は、その重要性の裏にある熾烈な競争の中で、更なる安全や利便性、サービスの向上が求められている厳しい業界でもある。
 そんな航空業界の中で米国23州を管轄するJAL米州中部地区支店の支店長として、航空業界の発展に尽力し、重責を担われている小澤芳博氏にお話をお伺いすることができた。

−シカゴに赴任して経緯について

 海外の勤務は、海外実習派遣員としてのオーストラリア・メルボルンで1年、34歳の時からのニューヨークへの4年につづき、今回で3度目です。今回のシカゴ勤務は、海外勤務は、もうこれ以上いいかなという時の突然の辞令でした。

 シカゴへ赴任する前は、東京支店(JALセールス)で販売部長を4年間務めていましたが、ある日、突然シカゴ支店勤務に任命され、意外だったのを覚えています。異動については、個人的には、海外では、上海なら躍動感のある街であり、新しい流れを感じられると思ったので、赴任したいとも思いましたが、やはり、家族のことなどもあり日本にいたいと漠然と考えていました。

 シカゴ支店への赴任から2年が経過し、いつ次の異動があってもおかしくない時期ですが、まだまだ、やる仕事はたくさんあります。当初、週7便だった直行便が週10便に増え、そして、この20063月26日から週14便に増便したことやこの秋から競合他社も参入してくることなど、マーケット環境が激変しているので死ぬ気でがんばる心構で臨んでいます。しかし、やり甲斐もあり、仕事自体は大変面白いと感じています。結果として、シカゴ勤務は、お客様と接するところや飛行機の近くにいたいという入社以来の希望が叶った勤務でもあり、喜んでおります。

 学生時代は、パイロットになりたいと考え、パイロットの養成プログラムの募集を2回受けました。ペーパーテストや適性検査はクリアしましたが結果としては身体検査不合格でパイロットにはなれませんでした。中でも印象的なのは、当時、パイロット養成の基準として、「身体健全なる男子」という表現がありましたが、多くの人の命を預かる職業であるので、一般の人以上に厳しく、身体については、厳格な基準があったことです。そんなことがあって飛行機の側で働きたいという気持から日本航空の地上職を志望し何とか入社できましたが当初の希望である飛行機のいる空港で働くことは叶わず、その後の勤務についても、ことごとく自分の想いとは、違う部署への配属が続きました。

 シカゴへの発令前は、海外支店長より、関連子会社で経営に関与する経験がしたいと思っていました。今回も主に営業、空港を中心として、支店運営全般に携わっていますが、将来、何か経営的なものをできるように、営業以外の経理や財務などについても実務を通じて身に着けておきたかったからです。

 シカゴ支店については、ビジネス旅客を中心にそれなりの収入があり、1日1便なら良い数字を残すことが可能です。

 守りに徹していれば、このままでもうまくいくと思いますが、お客様の利便性を考え増便をしていくという現状では、コストがかかる割にお客様の総数は急には増えないので、座席の販売に苦労するところです。また、増便に際しては、オペレーションの面で、スタッフが増えることなどを考慮に入れると、スキルダウンなどについても配慮する必要があり、サービスの維持が重要な課題のひとつだと考えています。

 そういう面もあり、今回の増便についても、急がず、昨年1年間かけてじっくりと準備をしてきました。しかしながら、お客様のことを考えると、改善点がたくさんあります。空港に足を運び空港でお客様にお会いしたほうがお客様の求めているサービスについて多くの人からご意見を伺うことができます。カウンター、機内でのサービスや食事、荷物などに関して、お客様からの要望を多く伺うことができます。すべて要望をかなえることは、費用対効果の面もあり難しいとは思いますが、その中から多くの課題やヒントを発見することができます。

 秋からは、日系航空会社が2社になるので、我々を選んでいただけるような体制作りをしているところです。ハードとソフトという視点で考えた場合、決め手は、ソフトのサービスになってくると確信しています。特に「安全」は最も重要な事項ですが、それも含めて、ソフトをいかによくするのかが大きなポイントになると思います。スタッフやラウンジなどについて、サービスの提供の仕方などの細かい部分まで一つ一つ取り上げて、お客様が求めておられるサービスを提供できるよう心がけています。

 例えば、機内食や新聞などの出し方やお客様の気持ちを汲み取りながらのお声がけなどです。また、シカゴ線については、機内で過ごす時間が1213時間あり、ビジネスのお客様でも仕事ばかりしているわけでもないので、プライベートのスペースのない環境の中で、どう自分の空間を持ち、快適に過ごしていただけるかが大切だと思います。


 また、便数が増えるにつれ、サービス・レベルを維持するため、サプライなどのバックヤードも更に重要になってくると考えています。サービスを直接提供する人材も、シカゴ特有の路線特性に関する知識を持ったり、お客様情報を事前に調べておくというような準備も必要だと思いますので、こうした情報ツールの充実、活用も人材育成と同時に当然必要です。


−今まで乗り越えてきた障壁について

 あまり難しいことはなかったと思いますが、いつも考えているのはお客様に喜んでいただけるにはどうしたらよいかということ、そして、その結果として将来に渡りJALが存続しつづけるということです。 苦しい会社の状況からマイナス指向になりがちですが「まずお客様」をいつも頭の中心において行動し、JALに乗ってよかったと思うようなJALファンのお客様を増やしていこうと努力しております。

 また、お客様から感謝の気持と笑顔を頂くためには我々お客様に接するスタッフにも同様に感謝の気持と笑顔が必要です。厳しい会社の状況を考えると笑顔も少なくなりがちですが、スタッフの笑顔がお客様の笑顔を誘い、会社も変わるという意識を全員に持たせるには自分自身がまず一番に感謝の気持をこめて笑顔で明るく接するべきと考えて実践しております。

 そうすることで職場も活性化して明るくなり、確実に自分達の働く環境が変化していることに気づいてくれると思います。大事なことは、まず、この会社のために、そして、あの人のためにがんばりたいと思われるようになることであると思います。それは、自社の従業員のみでなく、協力会社の従業員についても同様です。これからも様々な活動を通じて行動を共にすることで相互信頼を構築していきたいと思います。


−仕事や人生で大切にしていることについて

 仕事に関しての、モットーはこれと言ってありませんが、「NO」は嫌いです。お客さまや仲間から言われたことにNOは言いたくありません。少なくとも「YES. BUT」から入りたいです。常に前向きの姿勢でいたいと思うからです。営業としては、「常にお客様の味方」で、その思考はお客様サイドでいようと思っています。社内のコンプライアンスとお客様の要望をいかに調整していくかというサービスが求められており、お客様と一緒にいかに乗り越えていくかが営業の重要な仕事だと考えているからです。だから、会社がNOと言った時点からが仕事であると考え、仕組みで反映できないことに積極的に取り組むように心がけています。また、営業は、その場で完結することはありません。前回うまくいかなかったことでも次には解決するということの積み重ねです。お客様は、早く答える人を求めているということもありますが、現在は、立場上、個別のお客様へはそれぞれ直接の担当がいるので、その担当者の活動を大切にしながらサポートするようにしております。

 人生については、近頃、家族の大切さをつくづく感じるようになりました。

 若い頃は、男の子2人、女の子1人の子供達の教育は妻に任せて、夜は遅く、週末はゴルフや野球などのために外出していました。今は、子供達もそれなりに育ってくれ、社会人になった3人の子供達と、妻に感謝するばかりです。 長女と長男は、結婚もして落ち着いてきているのですが、後は末っ子の次男がサッカー選手としての現役を引退し、コーチとして働きはじめたところです。一日も早く一人前のコーチとして独り立ちして欲しいものです。

 最近は、子供達から送られるプレゼントやメールに一喜一憂しているただの親ばかですが、子供がいて、無事に育ってくれたことに感謝しつつ、親の喜びを味わっております。


−シカゴの良いところについて

 シカゴは大きな町であるにもかかわらず、自然がふんだんで、いい意味で適度な田舎でもあり、生活がのんびりしていて良いと思います。仕事を離れれば、気が向いたらたまに散歩をするのですが、外は空気が気持ちよく、時間がゆっくり流れているように感じます。私の出身が山梨ということもあるのですが、このいい意味での田舎の雰囲気については、慣れ親しんできたということもあり、将来は、こういう田舎の雰囲気での生活もよいとも思っています。

 また、ゴルフが好きなので、ゴルフ場が近くにあるのも良いところです。一人でのんびりとできるところも気に入っています。たまには、人の少ない夕方には一回のラウンドで、玉を2個づつ打つなどして楽しんでいます。



−余暇の過ごし方や趣味について

 仕事が趣味といえるかもしれません。しかし、その意味は、仕事の時間や場所の関係で、土日のゴルフがしやすい環境にあるということも含みます。週末は、仕事で空港へ良く行くのですが、その後に、ゴルフに行く時間を取ることができ、一日が有効に使えます。しかし、今後は、増便によりゴルフの時間が少なくなるかもしれないということを考えると、会社のためには出迎えが多いほうが良いと悩んだり、個人的には少し気が重くも感じ、複雑な気分です。


 食については、私は、いろいろな店に行くより、同じ店に通いつめるタイプなのですが、いくつかお勧めのお店があります。イタリア料理が好きで、フルトンマーケットにあるイタリア料理店「Follia」はたまに行きます。雰囲気もよく、ビザの釜を持っていて美味しいピザを楽しめますし、料理もおいしく、またカジュアルに楽しめる店です。そんなに有名ではありませんが、夜だけやっている穴場的な店なので結構好きです。食事も繊細なものを楽しませてくれます。

 ダウンタウンでは、ピザやホットドックもありますが、「Keefer’s」というステーキハウスの雰囲気が好きです。カジュアルでざわざわしていますが、ステーキは最高、前菜も美味しくいただけます。それ以外にも変わったところで「Japonais」(ジャポネ)という日本料理店は、夜にはドレスアップした米人で賑わっていて予約も取りずらいですが、お勧めの店です。日本人シェフというよりも板前さんの前のカウンター席が特にお勧めです。この席での、雰囲気はアメリカ、料理は日本というのがとてもいいと思います。


−今後やりたいことについて

 ゴルフに関しての今の目標は、月の数だけ回るということがあります。冬場はできないかも知れませんが、例えば、6月なら6回まわりたいと思っています。また、シカゴに来るときの目標としては、健康指数の向上がありました。コレステロール値などを改善できれば良いと考えていましたが、結果としては、今のところ全く改善されていません。

 また、シカゴにいる間に、旅行を楽しみたいと思っています。ただ、目的地に関しては、妻の趣味とあまり合わず、目的地の選択は難しいところです。私は、リマやクスコなど中南米のインカの遺跡や今まで行ったことのないイタリアなどに行きたいと思っていますが妻との力関係でどこまで実現できるかどうか、、、、。



JCCC(シカゴ商工会議所)について

 昨年、専務理事を務めたJCCCは、1966年に日米ビジネス交流促進と双葉会日本語学校を設立する目的で始まりました。1991年にはJCCC基金を設立し、日本人がシカゴという地で上手に適応し、地域にどう貢献できるかということをテーマとして活動しています。
 昨年は、ハリケーンやスマトラ沖地震や新潟地震などのために募金を実施しましたが、それぞれ目標を大きく上回る金額を集めることができました。


 JCCCならびにJCCC基金は、地元への社会貢献を積極的に行う団体ですが、桂三枝師匠の独演会実施等のチャリティーイベントなどにおける収益は、JCCC基金を通して地元教育プログラムなどに資金交付を行っており、昨年で交付総額2ミリオンドルを越えました。

 今後は更に地元の新聞等のメディアと交流を深めて、日本企業の集まりであるJCCCが地域に大きく貢献していることをアメリカ人にも理解してもらうよう努めていきたいと思います。

 今年は、創設40周年を記念して、大運動会を101日に実施します。日米交流も含めた会員間の交流ができる、親子で楽しむ日本の運動会にしたいと思っています。JCCC会員企業や関連の日本人、アメリカ人を含め、1000人規模の大きなイベントにする予定です。

 また、将来のJCCCには、若い人たちが積極的に参加してもらい、日米交流を更に活発にするような元気な発想を期待しています。

 更に、次の節目である50周年に向けてのスタートとしていろいろなことが企画されております。いろんなアイデアを出し合いながら、シカゴという地域の中で、JCCCがそれなりの存在感を示せるようになればよいと考えています。今後は、更に、会員一人一人が参加しやすい組織運営が大事になると思います。 皆さんの積極的な発言,参加をお待ちしています。



US新聞読者へのメッセージ

 旅行に関連する立場として、お伝えしたいのは、シカゴには、街と人の良さがあるところです。
 近頃では、ホワイトソックスの井口選手などでも有名になりましたが、それだけではなく、シカゴに対するイメージをいろいろと考える前に、是非、一度来てください。

 そして、その良さを経験してください。結構、面白い街だと感じると思います。


 一方、シカゴは、テーマを絞った楽しみ方ができる街でもあるので、目的を持った旅行なら更に楽しめると思います。夜は、ジャズやミュージカルなど、夏はラビニアなどと、ちょっと違った感覚で音楽を楽しむことができます。食も繊細さは欠けるかもしれませんが、ボリュームたっぷりの食事も結構楽しめます。知人を頼ったり、ゴルフ三昧というのも楽しいと思います。

 是非、シカゴを経験してください。そして、いいところを発見したら、掲示板などを通じて、皆に知らせてください。



 お忙しいところ、2時間近いインタビューのお時間をいただき、ざっくばらんにお話をお伺いすることができた。オープンマインドで親身に接していただき、人望の厚さや信頼感を感じた。
 「1988年から92年の本社関連事業部の4年間を除いて営業一筋の営業馬鹿」とご自身の経歴を表現されていたが、お話を通じ、経験の中で積み重ねられたものを感じた。

 今後も、強いバイタリティーでご活躍をされていくことが想像に難くない。

2006612日@日本航空インターナショナル シカゴオフィス

文責:鴻田 写真:藤河


■小澤芳博(YOSHIHIRO OZAWA)氏 略歴紹介

1950年 5月  山梨県生まれ
1969年 3月  山梨県立甲府一高卒
1973年 3月  上智大学外国語学部卒
1973年 4月    日本航空株式会社入社 大阪支店国内予約配属
1976年 2月  豪州メルボルン営業所派遣
1984年 7月  米州ニューヨーク支店勤務
2000年 4月  JALセールス東日本支社国際旅客販売部 部長
2004年 4月  米州中部地区支店 支店長   現在に至る





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