元大関・小錦関(KONISHIKI)講演
“Life Before, During, and After Sumo. From Hawaii to Japan....”



 コニちゃんの愛称で親しまれ、現在各方面で活躍中の元大関・小錦関(KONISHIKI)による講演会が、6月6日、シカゴ市内で行われました。タイトルの“Life Before, During, and After Sumo. From Hawaii to Japan....(ハワイから日本へ。相撲界入門前と後、そして引退後の人生)”のとおり、高砂部屋に入門し初土俵を踏むまでのハワイでの子供時代、初土俵から外国人力士として初めて大関に上りつめるまでと3度の幕内優勝〜綱取りへの挑戦、1997年に現役を引退し今に至るまでの人生を、会場に集まった約70名の人たちに身振り手振りを交えながら英語で熱く語ってくれました。
 
 KONISHIKIは10人兄弟の8番目としてハワイ・オアフ島西部の小さな町(ナナクリ)で産まれました。幼少時代家庭は経済的に貧しく、家にはシャワーやキッチンもなかったそう。オアフの高校に通うようになりアメリカンフットボールやボクシングに没頭しながら大学進学を目指していた18歳のとき、高砂親方(元関脇・高見山)にその体格を見込まれて角界へ。

 当時、相撲はおろか日本の文化やしきたりなど何も知らずに随分と戸惑ったと振り返るKONISHIKI。特に角界特有ともいえる上下関係に慣れるのには苦労したといい、当時の体験談を聞いたアメリカ人の聞き手からは驚きともいえるため息が漏れていました。 KONISHIKIの現役時代を知っている人は記憶にあると思いますが、様々なバッシングを受けた時期もありました。そんなときも、「親には心配をかけたくない」と、決して母親との電話では弱音をはかなかったとか。

 現役を引退してからは、ミュージシャンのほかコニちゃんの名前でNHK教育「にほんごであそぼ」にレギュラー出演するなどタレント活動を行うかたわら、「阪神・淡路復興キャンペーン」などのボランティア活動に精力的に取り組んできたKONISHIKI。今回のシカゴを訪問も、その週末に行われた東日本大震災支援活動のためでした。震災半年後の2011年9月にはじめてシカゴに訪れた際も、チャリティーイベントの先頭に立って大勢の人たちに手作りちゃんこ鍋を振るまい、募金活動を行いました。

    シカゴ郊外で行われたちゃんこイベント(6月9日 写真提供:JCCC)
 
 講演のなかで特に印象的だったのが、KONISHIKIの、子どもたちに対する温かい視線と深い愛情でした。「子供たちの未来のために」という言葉を何度も口にし、自分がそうであったように子供たちが小さなコミュニティーから飛び出して大きな世界を見られるきっかけを作ってあげたい、教育の場を与えてあげたい、と言う熱い想いがあふれていました。

 1996年に設立した「KONISHIKIキッズ基金」はそんな彼の想いを具現化したもの。 この基金では、毎年、KONISHIKIの出身エリアに住む小学6年生を対象に「KONISHIKIキッズ」35人を選出し日本への研修旅行を実施、日本での様々な体験や文化交流を通じて、ハワイの子どもたちに世界には可能性が満ちあふれていることに気づくチャンスをプレゼントしているそうです。
 講演終了後は、KONISHISHIKIグッズの販売も行われ、また訪れたファンひとりひとりと気さくに会話を交わしてサインをしたり一緒に写真を撮るなどのファンサービスも。KONISHIKIの人柄にふれることができた90分でした。
 


会場で行われたKONISHIKIグッズの販売、サイン会の様子
                



                           (文責/撮影 :長野尚子 Text by Shoko Nagano)


**** 以下日米協会のサイトより抜粋 *****

 Yasokichi Konishiki gave a rare glimpse into his life as a former world reknowned Sumo wrestler, to his new career as an actor, singer and philanthropist. Many ancient traditions have been preserved in Sumo, and even today the sport includes many ritualistic elements. How did an 18 year old born and raised in Hawaii, become a strong yokozuna candidate in the traditional world of Sumo?

 Yasokichi Konishiki :
Yasokichi Konishiki is a Hawaiian-born Japanese-Samoan former Sumo wrestler. He was the first non-Japanese-born wrestler to reach ozeki, the second highest rank in Sumo. During his career he won the top division championship on three occasions and came close to becoming the first foreign-born grand champion, or yokozuna. Konishiki remained in the Japan Sumo Association as an elder for a short time under the name of Sanoyama, before branching out as a Japanese entertainer under the name “KONISHIKI”. Following the 2011 earthquake, Konishiki has been a very active and high profile philanthropist for disaster relief in the stricken regions of Japan.



 

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