聞く者が自由に思い描く、情景の美。「第7回シカゴ寄席〜柳家さん喬 独演会」
 


 
 吹く風がどことなく秋をも思わせる夏の一夜。この日を心待ちにしていた人たちがいそいそとある建物へと吸い込まれていく。今やシカゴの夏の風物詩としてすっかり定着した第7回「シカゴ寄席」、柳家さん喬師匠の落語会が8月24日、シカゴ郊外のシャンバーグ市文化センターで開催された。

 古今東西、老若男女、あらゆる落語ファンをうならせ、今もっとも独演会のチケットが取りにくいと言われる“名人”さん喬師匠の噺の世界をここシカゴで味わえるとあって、前売りは完売、会場には平日にもかかわらず100人を超える観客が詰めかけた。今回初めてこのシカゴ寄席に足を運んだという人が10人ほど、そのうち6人は落語自体が初めてだそう。
落語初体験がさん喬師匠とは、なんと贅沢かつ幸運なこと!きっと落語に魅せられて来年も必ずこの場所に戻って来られるに違いない。佐智子・ピータースさんもそんな一人だ。「昨年初めてこの落語会を見てすっかり引き込まれて。今年もすぐにチケットを買いました」とうれしそうに話す。  
 

           
                  さん喬師匠似顔絵入り“特製助六弁当”もすっかりおなじみ


 今回も三席の噺が用意されたが、プログラムにはあえてその演目は書かれておらず蓋を開けてのお楽しみ。「お噺の枕を聞いて、ああ、あの噺だなぁ、と想像していただくのも面白いかなと思って」と、開演のご挨拶に立った松原都さん(主催者のM Square, Inc.代表)。実のところ、過去6回の演目とかぶらないようにと師匠がいくつかの候補を選んでいたものの、最後まで何の噺にするかは迷われていたそう。そこで、「日本の寄席の慣例にのっとって、演目はお客様にお知らせせず、枕を聞きながらお楽しみいただくかたちにしました」(松原さん)

三席たっぷり。さん喬ワールド
 さん喬師匠が出囃子(でばやし)にのって軽やかに登場すると、会場から待ってましたの拍手が沸き起こる。さて、最初の演目の枕は―― 近頃の若者は自分の言葉を素直に伝えることが照れくさいのか、言葉遣いがずいぶんわってきた。また、世辞もよしとされなくなり、“察する”という事の出来ない世の中になった。世辞は日本の“相手を気遣う気持ち”が生んだ文化。はっきり伝えることもいいけれど、オブラートに包んで相手に察してもらえるように言うことも大切だ。―― ご存知、「子ほめ」。前座噺として知られる演目だが、これを十八番としている名人も多い。おっちょこちょいの八五郎が、隠居から「人を褒めると得をする」と教わり、やみくもに人を褒めようとするがことごとく失敗するというずっこけ喜劇。師匠の軽妙な江戸言葉のやりとりに、会場のムードが一気に緩み「寄席」へと変わっていく。 

 二席目は、今から200年以上前に書かれた原話に基づくという、上方落語の名作「寝床」。
 ある商家の大家だんなは下手の横好きの義太夫に夢中。長屋の店子連中に聞かせようと一席設けるが、誰も嫌がって来ようとしない。あの手この手で言い訳をつけては断りを入れてきた連中に怒っただんなは、しまいには長屋を追い出すとまで言い出す始末。追い出されちゃ困る、と渋々集まった皆は、正気じゃ聞いていられないと酒盛りを始めたのだが・・・。 
 旦那、番頭、店の使い、長屋の店子連中と、とにかく登場人物の多いこと。加えて各々の上下関係や血縁関係、年齢や性別でその話しぶりや表情が細かに変わっていくさまは見どころ。さん喬師匠の“顔芸”が炸裂し、こちらは終始声をあげて笑いっぱなしだ。枕にも使われていたが、人は趣味を持つと人前で披露したくなるもの。しかし披露される側の身にもならないといけないなと、思わず我が身を振り返って苦笑した。

  
 
 もちろん、この演目の中では師匠が義太夫を語るのだが、短いながらもその節回しに本物を感じた。特に、「カカさんの名はお弓と申します〜」の『傾城阿波の鳴門』の一節には、遠き故郷を思い出し懐かしさのあまり胸が熱くなるのだった。(余談:『傾城阿波の鳴門』は筆者の故郷、徳島のいわゆる“ご当地もの”。母校には全国唯一「人形浄瑠璃部」があったせいか、浄瑠璃はいつも身近な存在だった。)

 仲入りをはさんでの後半、師匠は「丸に三ツ柏」の紋付姿で登場。三席目はお得意の人情噺のなかから「柳田格之進」。訳あって娘と二人ひっそりと浪人暮らしをしている実直な武士、柳田格之進の誇り高き生き様を、浅草の両替商、万屋源兵衛との心温かくも切ない交流を通じて描く。先の二席とはうって変わり客席が笑いに包まれる場面はほとんどなく、さん喬師匠の鬼気迫る人間芝居に皆が固唾を呑んで聞き入った。登場人物の身なりや情景をも、聞く側の脳裏に鮮やかに浮かび上がらせてしまう話芸にすっかり吸い込まれていく。先ほどの演目とあいまって、まさに「極上の浄瑠璃」を聞いている錯覚にとらわれ、ほろほろと涙が頬を伝う。会場のあちこちからも、鼻をすすりあげる音が聞こえてくる。

 それにつけても、日本語とはなんと佇まい美しく奥が深い言葉だろう。「ご造作にあずかる」「昵懇(じっこん)に願いたい」「枯葉がからころと音を立てて舞い散る」「はらはらと白いものが舞って」・・・と、英語では表現しつくせない言葉の数々に、海外生活で忘れがちな「和の心」が心地よく呼び起される。約1時間にも及ぶこの演目を聞ける場は、日本でも少なくなってきたというだけに、“正調・柳田格之進”をこのシカゴで味わえた私たちは本当に幸せだった。


  
終演後に廊下に貼り出された、演目一覧。師匠自らがご自分の筆で書いてくださったそう。

真の伝統芸のみが持つ“凄味”
 今回の「シカゴ寄席」全編を通じて感じたのは、真の芸のみが持つ凄味だ。真の伝統芸とその場しのぎのエンターテイメントとの違いとは何ぞや、と自己問答することの多かった昨今、この明確な答えをいただけてすっきりした。それは、演者のゆるぎない“誇り”と、受け手に与える説得力や感動の差だ、と。
 さらには、双方の懐の深さ。外国生活が長くなるとついつい日本人としてのたしなみを忘れがちになって、ちょっとした自己嫌悪に陥ることもある。さらには同じ日本人同士でも、日本で伝統芸に慣れ親しんだ経験のあるなしで芸を受け取るセンスも大きく違う。しかし、さん喬師匠の芸の前には、自分たちが作り上げたつまらないボーダーや「あるべき論」など一笑に付されてしまう。それが、真の芸なのだと目からウロコが落ちた夜でもあった。

 「シカゴまで聞きに行きたかった(`_´)ゞ」― この落語会の感想を聞いた大の落語ファン、佐藤貴哉さんは当サイトのFacebookに日本からこう書き込んだ。会場に来ていたあるアメリカ人男性は「アメリカのスタンダップ・コメディーはひとりでバタバタ動いて笑いを取るけれど、落語はじっと座ってその表情や声の強弱で世界を作る。言葉の壁を越えて見ていて非常に楽しかった」と話す。主催者の松原さんも「今回は若い方やお子さんも来てくださってうれしかった。これを機に落語をより身近に感じてもらえれば」と、早くも来年に思いを膨らませる。
 落語の魅力は日本文化の魅力でもある。アメリカで生まれ、日本文化にあまりなじみなく育った若い世代にこそ、“本物の芸”さん喬落語の世界を、自分なりの情景を自由に思い浮かべながら味わってほしい。

 公演を終えて、しばしシカゴの町を楽しまれたというさん喬師匠。多くのお土産と共に、素敵な時間を過ごされたでしょうか。来年もハンカチを用意して、お待ちしています!


■柳家さん喬師匠 インタビュー

― 三席目の「柳田格之進」は大作ですね。
 一つのお話だけで50分というのは、あまりないですね。今回は「柳田格之進」ともうひとつ選択したんですけれども、皆さんにほっとして帰っていただいたほうがいいかな、と思ってこちらを選ばしていただきました。

― ハッピーエンドでないお噺もあるのでしょうか?
 あります、あります。このお噺も本来ハッピーエンドじゃないんです。今はほとんど(命を)助けるという方向でこの噺は語られているほうが多いですね。

― 「寝床」で義太夫を語られていましたね。
 義太夫は昔ちょこっとやっていました。この演目では今ではほとんどみなさん語らないですよ。今の時代の人は義太夫すら聞いたことがないし、下手な義太夫がどういうものかも知らない。ですからあえて、僕は下手な義太夫を語って聞かせているんです。
 落語はその時代のニーズっていうものと一緒に生きているんですね。ニーズっていうのは求めているものに応えることじゃないんです。どういうことを皆が考えているか、それに自分がどう対応していくかってことなんです。僕たち落語家のニーズは、時代はどういうことを考えているんだろう、と、そういう人たちにわかるように話をすすめてあげること。それが200年以上続いていた元だと思うんですね。

― お客様と「一足一刀の間合い」(剣道用語で一歩踏み込めば相手を打突でき、一歩さがれば相手の打突をはずすことのできる間のこと)で向き合うことの大切さを以前インタビューでおっしゃっていましたが、今日のお客様とはいかがでしたか?
 聞き慣れているお客様と初めてのお客様がはっきりしていらっしゃった。子供さんは退屈してるな、かわいそうかなとも思いましたが、でも本当に聞きたいと思っている方々を対象にして話したほうがいいですし。子供さんを向けるために話をすると本来の意味じゃなくなってくる。たとえ退屈していても子供さんには「我慢しろお前、こういうもんなんだ、落語は」っていうふうにしたほうがいいなってね(笑)

― お客様のお顔や反応はよく見られますか?
 お顔は見えないけれど雰囲気はわかりますし、気にしています。お客様がオーラくれますから。笑う笑わないは関係ないし、笑い声が大きいから受けているとかではないんですよ。お客様が今楽しんでるなとか、僕と同じ運びで聞いてくれているなとか、そういうのを感じますからね。

― 日本人は落語の情景、たとえば「長屋」といわれてその絵が浮かびますが、海外の方にはその情景が浮かんでこない。その難しさは? 
 情景は後からわかってくれればいいことかな、と思いますね。人間と人間とのかかわりをわかっていただけたら、情景は自分の世界でいいんです。この間『芝浜』というお噺をしていましたらある(アメリカの)学生さんが感動して「海が見えました」って言ってくれたんです。芝浜の海を彼女は知らないはずなんです。でも彼女は自分の知っている海を想像して聞いているわけです。そんなふうに自分たちの生活環境の中で同じものをどっかでとらえてくれれば、それでいいんです。長屋がこうだ、花魁や侍がどんな格好だと説明はしなくても、自分たちの中の世界で自分なりのとらえ方をしてもらえればいいんですね。
 日本人は窓を開けるときにはスライドで開けますが、欧米では窓はこう(奥に)開けます。でも、自分が窓を開いて下を見た、という行為に変わりはないわけです。だから「長屋の戸はこうですよ、日本の窓はこう開けるんですよ」ということはどうでもいい。自分たちの生まれ育った世界でとらえてくれればそれでいいんじゃないかな。

― それでは、アメリカの学生さんが落語を語るときに身振りは違ってきますか?

 ええ、違います。ですから彼らが考えているように教えてあげます。日本の小噺であってもアメリカの噺としてやりますし、彼らなりのとらえ方の中で教えてあげますね。そのなかでアメリカでも不自然なものは不自然だね、とかね。日本語の落語とか小噺の通りやんなさい、というやりかたはしないですね。




■柳家さん喬師匠 プロフィール




墨田区本所出身の落語家。1967年5代目柳家小さんに入門。1972年二つ目昇進し、「さん喬」と改名。1981年真打昇進。本格古典落語の名手としてとして名高い実力派であり、第一人者。
特に人情噺は秀逸で、「子別れ」「芝浜」「柳田格之進」「文七元結」等を得意とするが、滑稽噺や「中村忠蔵」などの芝居噺でもその芸域の広さと力量を発揮し高い評価を受けている。高座の姿が大変美しく、先代の小さん一門の流れを受け継いだとても行儀のいい芸風で、また一瞬にして観客を話に引き込む力は随一の定評がある。寄席を大変大切にしており、寄席での出演回数は年間を通して一番多い落語家の一人。東京を中心に全国各地で開催される独演会は常に満員である。
17年前より、落語と小噺を通じた日本語教育活動を海外で行っている。回った国は米国をはじめ、ハンガリー、フランス、ベルギー、シンガポール、韓国の6か国。米国では、2006年から毎年7月にバーモント州ミドルベリー大学の夏期日本語学校に招かれ、日本語を学習する学生と一緒に生活しながら、落語を通して日本文化や日本語を紹介する活動を続けている。
国立演芸場金賞受賞、文化庁芸術祭賞、2014年芸術選奨の文部科学大臣賞受賞。2014年に落語家では初の国際交流基金賞を受賞。また、東北の被災地へ毎年訪れ、公演を通じて復興支援を続けている。弟子は10名を超え、後進の育成にも力を入れている。現在落語協会常任理事。



             (2015年8月24日  文責・撮影: 長野尚子 Text・Photo by Shoko Nagano )



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