2015年JCCC新年会。スペシャルゲストに加藤登紀子さんを迎えて

 例年になく温暖な年の瀬となり雪のない新年を迎えたシカゴに、ついに大寒気が容赦なく舞い降りてきた2015年のお正月。しかしこの日だけは寒さも少し緩み、やっと外出モード。この日のためにお天道さまが粋な計らいをしてくれたかのようだった。1月11日、毎年恒例のJCCC(シカゴ日本商工会議所)主催の新年会が、「ルネッサンス・シャンバーグホテル」において開催され、約750人の参加者が特製ランチコースに舌鼓をうちつつ、ライブショーや福引大会などの様々な催しを楽しんだ。

 JCCCは、シカゴ進出日系企業などを中心とした会員により構成される地域経済団体。1966年の創立以来、シカゴと日本の相互理解を深めビジネス交流を促進するための様々な地域貢献活動や教育支援(シカゴ双葉会日本語学校、全日校・補習校の創立・運営)、講演会・セミナーの開催などを行っている。そのJCCCが主催する新年会には、会員やその家族らが毎年集い、共に新たな年の幕開けを祝うのが慣例となっている。

 正午に始まった第1部では、寺田哲也会頭(日本通運)の開会挨拶、吉田雅治・在シカゴ日本国領事の来賓挨拶に続き、シカゴ双葉会日本語学校補習校高等部3年の森島爽君が新年&将来の抱負を語った。
 この先アメリカの大学に進み将来は日本で働くことを目指しているという森島君。その動機となったのは、震災ボランティア活動として行っている子供たちへのテニスレッスンを通して学んだ日本の礼儀作法や、両親から教わった“日本人としての心”。一方、アメリカで学んだのが「何に対してもポジティブに挑戦するチャレンジ精神」。この二つの国から学んだことを自分の財産とし、社会に還元し貢献したいという。日本での生活がわずか4か月のアメリカ育ちとは思えないほど流暢で堂々とした日本語のスピーチに、会場からひときわ大きな激励の拍手が送られた。 
写真提供:JCCC
 
 第2部は日本からの特別ゲスト、加藤登紀子さんのコンサート。今年歌手デビュー50周年を迎える加藤さんにとっては初めてのシカゴ、そしてこのコンサートが記念すべき今年最初のステージとなった。ご本人にとっても見る側にとっても、春から縁起がいいとはまさにこのこと。
 オープニング、深紅のドレスに身を包んだ加藤さんが大ヒット曲『百万本のバラ』を歌いながら会場内のテーブルを回り観客ひとりひとりに微笑みかけると、それにつられるように場内に一気に笑顔の花が咲く。この中で加藤さんの楽曲を聞いたことがない人はおそらくといっていいほどいないだろう。しかし彼女の歌を生で聴いたことがある人も、あまりいないはず。懐かしく、激しく、慈愛に満ちた魂の歌声に直に触れた感動が、たちまち会場を支配していった。
 
 そんな“国民的スター”の50年のキャリアは、実は「突然始まった」という。彼女がまだ東大の学生だった20歳の頃、父親が内緒でシャンソンコンクールに申し込んだ。「人生はおもろうないとあかん」という父の言葉に妙に納得し、優勝特典のヨーロッパ旅行につられて出場、エデット・ピアフを歌ったが落選。審査員に「あなた、お家に帰って自分の顔を見てごらんなさい。赤ん坊の顔をしているわよ」と言われた。ピアフを歌えるほど熟していない、と理解した加藤さんは、それから1年間一生懸命歌を歌い込み、翌年“年齢に合った”選曲で優勝、念願のヨーロッパ旅行を手にする。1965年、21歳の歌手、加藤登紀子の誕生の瞬間だった。
 旅先のヨーロッパで、人々が街角でギターを弾き語りするのを見て憧れ、帰国後はギターの猛練習。自らのギターで歌うスタイルをものにした。その頃を懐かしむように、『ひとり寝の子守唄』、「知床旅情』を情感たっぷりにギターで弾き語り。会場の人々も一緒に口ずさんだ。
生きることは出会うこと。
 菩薩のような柔らかな笑みをたたえる加藤さんは、昭和世代には“闘士”として知られた人。学生運動のリーダー、藤本敏夫氏との出会い、獄中結婚、出産のニュースは当時の社会に衝撃を与えた。その“運命の同士”が出会った日に歌って聞かせてくれたのが『知床旅情』。
 「ショックでしたね。こんなふうに自分の想いを託して人に歌わせるってすごい歌だなぁ、って」 のちに出会うことになるこの歌の作者、故・森繁久彌さんは加藤さんと同じ満州の生まれ。「君の声はツンドラの風の冷たさを知っている声だね」と声をかけてくれたという。出逢いを引き寄せ、出逢った人を巻き込んで時代を作り出してしまう。加藤登紀子という人は、産まれながらそういう運命にある人なのだ。

 ソングライターとして他の歌手に贈った歌も多い。このコンサートに寄せられたリクエストで一番多かった歌でもある『わが人生に悔いなし』は、故・石原裕次郎さんの“辞世の歌”となった曲。「どんな人生を生きたとて最後は一人の男として逝くのだ」という想いを、作詞家なかにし礼氏が詞に託したという。今日この会場に集まった800人はみな、遠い日本を離れ今日という日を精いっぱいここシカゴで生きている。それぞれの想いが加藤さんの歌声に運ばれ昇華していくかのようだった。

 コンサート後半には、東日本大震災の映像とともに『今どこにいますか』を熱唱。震災の記憶を風化させないようにと毎年続けている東北ツアーのお話を交え、復興のシンボル、鯉のぼりが舞う町の風景を歌った『青いこいのぼりと白いカーネーション』、『愛を耕すものたちよ』と続くころには、歌声も涙でふるえているのがわかる。
 
 最後は会場が総立ちになって全員で『ふるさと』を大合唱。約90分間の熱気に包まれたコンサートは、会場がひとつになってお開きとなった。
 

 続く第3部は、新年会名物「福引(ラッフル)大会」。当日券を含め1600枚を超える福引券の中から、シカゴ発東京行き航空券などの協賛企業から提供された豪華賞品の当選番号が読み上げられると、あちらこちらから喜びの歓声があがった。

 新年会が終わると、外はまた吹雪。それでも来場者は温かいものを胸に帰路に着いたに違いない。当“US新聞.com”も多くの活力をいただき、幸先の良いスタートの一日となった。

写真提供:JCCC
 2015年が今日集まった方々、及び当サイト読者の皆様にとって健康で実り多い年になりますように。地球上の震災で被害を受けられた方々、戦いの最中で生活を奪われた方々に一刻も早く元の穏やかな生活が訪れますように。そして、世界をとりまく争いの火種がひとつでもおさまりますように。心から願いをこめて。



(※) 加藤登紀子さんへのスペシャルインタビューはこちらに続きます!



             (文責/撮影:長野尚子   Text/Photo by Shoko Nagano)


加藤登紀子(Tokiko Kato)さんプロフィール
1965年東大在学中に第2回日本アマチュアシャンソンコンクールに優勝し歌手デビュー。「ひとり寝の子守唄」「百万本のバラ」「知床旅情」などヒット曲がある。
歌手活動は年間を通して国内外で行っており、カーネギーホールで2度のコンサートを成功させたのに続き、'92年にパリのラ・シガール劇場でのコンサートが認められ、フランス政府より文化勲章「シュバリエ」が贈られた。
東日本大震災後には被災地を度々訪れ復興支援活動も行っている。
歌手生活50周年を記念して2015年6月にラトビアのリエパーヤ交響楽団とコンサートツアーを行う。「鴨川自然王国」理事。WWFジャパン顧問。
 最近のCDリリースは、オリジナルミニアルバム「愛を耕すものたちよ」、4枚組ベストアルバム「加藤登紀子半世紀BEST 終わりなき歌」がある。また、デビューからの貴重なライブ映像を収録した50周年記念DVD「加藤登紀子の半世紀 その胸の火を絶やさずに」も好評発売中。


●加藤登紀子オフィシャルホームページ: http://www.tokiko.com/index

● 「50周年記念百万本のバラコンサートwith ラトビア・リエパーヤ交響楽団」
   
 ・6月5日(金)越谷・サンシティホール(埼玉)
 ・6月6日(土)シベールアリーナ(山形)
 ・6月7日(日)よこすか芸術劇場(神奈川)
 ・6月10日(水)津・三重県文化会館大ホール(三重)
 ・6月11日(木)大阪・フェスティバルホール(大阪)
 ・6月12日(金)長崎ブリックホール(長崎)
 ・6月14日(日)NHKホール(東京) 

●JCCC(シカゴ日本商工会議所)
シカゴ進出日系企業などを中心とした会員により構成される地域経済団体。1966年の創立以来、シカゴと日本の相互理解を深めビジネス交流を促進するための様々な地域貢献事業や教育支援事業(シカゴ双葉会日本語学校、全日校・補習校の創立・運営)などを行っている。
Webサイト:http://www.jccc-chi.org/

●JCCC事務局長、三谷哲郎氏インタビュー記事(2012年2月9日)
http://www.usshimbun.com/interview/interview-mitani_jccc.html




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