〜本場ならではのサウンドに魅せられシカゴ・ジャズの虜になる〜
        シカゴのナイトライフを彩る人気のジャズスポット大紹介!

 ビバップやディキシーランド、ビッグバンド系といった様々なジャンルのジャズが存在し、ニューオリンズに次ぐ「ジャズのメッカ」として名高いシカゴの街。市内を中心に、数々の名門ジャズクラブが軒を連ねる同市へ来たからには、これらのナイトスポットを訪れない手はない。今回は、これら人気のジャズスポットを紹介すると共に、シカゴローカルのアーティスト達にジャズが持つ魅力について語って頂いた。
取材・記事/西 忍(2009年5月4週発行Weekly J-Angle第262号にて掲載)

<シカゴ・ジャズの歴史その始まりとは?>

 ジャズがその産声を上げたのは、19世紀初頭のニューオリンズと言われている。初期のジャズ(ニューオリンズ・ジャズ)は、アフリカ系アメリカ人によるトランペットやクラリネット等の管楽器によるCollective Improvisation(集合即興演奏)を主体としたもので、ブレイクやカデンツァ(独奏楽器による無伴奏で技巧的なソロ)の部分で即興的な演奏をするのが特徴とされた。

 このようにニューオリンズを中心に人気を博していたジャズだが、1917年に第一次世界大戦が始まると、米国海軍が軍紀の乱れを防ぐために歓楽街を閉鎖。その結果、職を失ったミュージシャン達は働き口を求めて、大都会シカゴやニューヨークなど全米各地へ散っていくこととなる。

 1920年代に入ると禁酒法が発令されたが、アル・カポネを始めとするイタリア系シカゴギャングはヤミ酒場を密かに経営し、そこはジャズミュージシャンの仕事場となった。シカゴに大勢のミュージシャンが続々と集まり、バンド構成もニューオリンズの小さなものから大きなものにと発展していった。音楽的にも様々な技巧が取り入れられ、「ビッグバンドスタイル」 として定着。シカゴはニューオリンズに次ぐジャズのメッカとして、その後も「シカゴ・ジャズ」と呼ばれる様々なスタイルを生み出していく。

<ジャングル編集部オススメのジャズ・スポット>
◆シカゴ1古いジャズクラブ: The Green Mill ◆

cNobu Fuzikawa

1907年創業の、シカゴ市内で一番古いジャズクラブ。一時はアル・カポネの腹心の部下であった"Machinegun" Jack McGurnがオーナーになるなど、アメリカの歴史を色濃く反映しているクラブ。「かつてはギャング達の溜まり場」であった同店の内装や雰囲気は今も当時のイメージを残しているので、それらに注目するのも面白い。ディキシーランド、ビバップ、ビッグバンド、トラディショナル・ジャズなどが好きな人には最適。ステージ中央にあるレスリースピーカーから流れる、ハモンド・オルガンの音色に是非注目して頂きたい。

まめ知識@ ディキシーランドジャズとは、白人によるニューオリンズスタイルのジャズ。アフリカ系アメリカ人によるニューオリンズ・ジャズと区別するための名称としてしばしば用いられる。5つの管楽器を主体とするニューオリンズ・ジャズに対し、ディキシーランドはトランペット、トロンボーン、クラリネットの3管編成を主体とすることが多い。

Green Mill Jazz Club
4802 N. Broadway Ave.
Chicago, IL 60640
773-878-5552

www.greenmilljazz.com

◆ビッグバンドスタイルならココ: Green Dolphin Street ◆ ・・・残念ながら2010年に閉店

cNobu Fuzikawa

シカゴ市内リンカーンパークに位置する、スイングジャズなどのビッグバンドスタイル系を得意とするクラブ。食事をしながら優雅にジャズを楽しめると、観光客にも人気のスポット。2009年初夏には新しいレストランもオープン予定なので、誕生日や披露宴などのスペシャルオケージョンで利用しても良いだろう。カバーチャージは出演するアーティストや曜日によって異なるので、事前のプログラムチェックをお勧めする。

まめ知識Aスイングとは、1930年代に一世風靡をした、ビッグバンドが奏でる刺激的で陽気なダンスフル・ミュージック。Benny GoodmanやGlen Millerに代表される。


Green Dolphin Street
2200 N. Ashland Ave.
Chicago, IL 60614
773 - 395 - 0066
www.jazzitup.com

◆郊外で楽しむ本格ジャズ:Pete Millers ◆
トラディショナルなジャズを得意とするクラブ。平日には比較的落ち着いたクラシカルなジャズが聴ける一方、週末ともなればスイングやブルースの演奏で大いに盛り上がる。食事をしながら、あるいは食事の前後に本格ジャズを楽しめる郊外の人気スポット。日本人が多く住むエリアからのアクセスも良く、地元アーティストの演奏でダンスを楽しみたいなら、絶対に見逃すことの出来ない一軒だ。

まめ知識Bブルースは、19世紀頃にアメリカ南部のミシシッピ河近郊で生まれた黒人霊歌や労働歌がルーツとされる音楽。ブルーノート・スケールと呼ばれる5音階で演奏され、独特の旋律が特徴。このブルースがシカゴでバンド形式に発展し、後に「シカゴ・ブルース」と呼ばれるスタイルを確立させた。

Evanston 店
1557 Sherman Ave.Evanston, IL 60201
847.328.0399
www.petemillers.com

Wheeling 店
412 N. Milwaukee Ave.
Wheeling, IL 60090
847.243.3700
www.petemillers.com

◆シカゴ・ジャズのベテランが出演: Andy’s Jazz Club ◆

cNobu Fuzikawa

1951年創業という、シカゴでも老舗のクラブ。そのせいか出演メンバーもシカゴローカルのミュージシャンが多い。スタイルはトラディショナル、ビバップ、メインストリーム系ジャズをメインの出し物としている。現在は「JAZZ at 5」、「JAZZ at 9」と呼ばれる1日2テージ構成(開場は午後4時)。ライブステージと観客席とが近いので、出演者を間近で見られるのがうれしい。

まめ知識Cビバップとは、1940年代に起こったジャズの流れで、スイングジャズより小人数編成で演奏され、アドリブを重んじ高い音楽性を持つ。

Andy’s Jazz Club
11 East Hubbard St.
Chicago, IL 60611
312.642.6805
www.andysjazzclub.com

◆生まれ変わったジャズの老舗:Jazz Showcase ◆

cNobu Fuzikawa

創業50年以上の歴史を誇るジャズの名店が、シカゴ市内リバーノース地区からプリンターズ・ロウへ移転。新たな観光スポットとして更なる注目を集めている。同店は、シカゴローカルのミュージシャンだけでなく、ニューヨークなどメインストリームで活躍する大物ミュージシャンが出演することでも名高い名店。普段お目にかかれないアーティストに出会えるチャンスもあるのでスケジュールをマメにチェックしよう。 なお、ジャズショーケースの店内は全席禁煙となっており、落ち着いた雰囲気の中でじっくりと音楽鑑賞が出来るのが特徴。入口近くにあるギフトショップも充実しているので、シカゴのお土産としても喜ばれることだろう。

Jazz Showcase
Dearborn Station
806 S. Plymouth Ct. Chicago, IL 60605
312.360.0234 
www.jazzshowcase.com

※同店の南(Plymouth Ct.沿い)にある駐車場はJazz Showcase価格$5で利用可(2009年4月現在)


<スペシャルインタビュー@>

cTatsu Aoki
ベーシスト タツ青木氏

前述で紹介したアンディーズジャズクラブでも活躍されるタツ青木氏は、シカゴ・トリビューン「2001年シカゴアンズ・オブ・ザ・イヤー」にも選ばれた日本人ベーシスト。シカゴにおけるアジア系音楽の開拓者としても名高い同氏に、ジャズの魅力についてじっくり語って頂いた。

Q. まずは、タツ青木さんがジャズアーティストになろうとしたきっかけを教えて下さい。

A. 私は家の環境で 三味線や太鼓などの邦楽を聞いて育ったのですが、ティーンエイジャーになった頃、ちょうど東京のアングラアートの時代になり、邦楽以外に前衛的なジャズや映画、パフォーマンスに興味を持ち始めてアメリカでフリースタイルのジャズや実験映画をやってみたいと思いました。 特にジャズアーティストを目指していたわけではありませんが、音楽を含めたアメリカのアート環境に非常に興味をもっていました。

Q. タツ青木さんにとっての「ジャズ」とはどういった存在ですか?またジャズの魅力とは何でしょうか?

A. 僕が興味をもったのは、当時衝撃的だったシカゴ前衛派のジャズでした。スタンダードなジャズとは違っていろいろ自由なアプローチをしていて、しかもパフォーマンスアート的な表現も取り入れていたところも魅力でした。また、シカゴの前衛派軍団は社会的な運動にも携わっていたので、アングラアート運動をしていた自分にとってはあこがれでした。

Q. シカゴのジャズは、よくニューオリンズジャズやニューヨークのジャズと比較されることが多いですが、シカゴジャズはどういった点でこれらのジャズと異なるのでしょうか?

A. シカゴのジャズは非常にユニークで、いくつもの異なるスタイルが発展しているなかで「ブルース」というひとつの基盤があるのです。それがスタンダードなスイングであれ、前衛派であれ、いつも「シカゴ節」であるブルースの要素が入っているとうところが特色ですね。常にルーツとなった音楽の匂いが感じられるという意味で「泥臭い」ところがいいですね。ニューオリンズもこれに似ているところがありますが、シカゴのジャズは、より広範囲な方向に発展していますね。ニューヨークはやはり、大都会のクールな処理を好みますからシカゴのような荒削りなジャズの魅力とは異なります。「シカゴ節」のベース演奏というのが、これまた魅力的です。

Q. タツ青木さんに影響を与えたミュージシャンや曲があれば教えてください。ジャンルは問いません。

A. やはりシカゴ前衛派のアーティストが多いですね。ヴェルベットラウンジのオーナーとしても著名なサクソフォン奏者、フレッド・アンダーソン氏、前衛ジャズパフォーマンスのアート・アンサンブル・オブシカゴの故マラカイ・フェイバーズ、ドン・モエ、それから初代アース、ウィンド&ファイアーのドラマー、故アフィフィ・フィラードらからジャズライフのいろいろな事を教えていただきました。それから、ロスアンゼルスのグレン堀内やサンフランシスコのフランシス・ウォングなどのアジア系アーティストの影響も受けました。レッド・ツェッペリン、グランド・ファンクなどからもかなり影響を受けました。あとは世代上、ユーミンとかジャコ・パストリアスをよく聞いていました。邦楽では端唄の市丸や長唄三味線の杵屋栄次郎などがヒーローでしたね。

Q. シカゴのジャズハウスで、よく演奏されるのはどこのライブハウスですか?

A. 僕は、野毛洋子さんのバンドでベースを担当させていただいているので、毎週月曜日は彼女と一緒にダウンタウンの「アンディーズ」で演奏しています。自分のグループやフリージャズ系のものは、ヴェルベットラウンジが中心。あとはフェスティバルとコンサートが多いです。

Q. それでは最後に、今後の活動方針や目標などがあれば教えてください。

A. ここ数年は特に生まれ育ったお座敷音楽とシカゴ節の融合が主題ですから、今後もそれを続けていくつもりです。最近は自分のバンド「MIYUMI PROJECT」が大きなユニットになってきてしまったので、かつてのアングラ時代にもどるような雰囲気で、小さなギャラリーなどでも活動してます。また最近は邦楽家の方々とのコラボにも力をいれています。

タツ青木氏プロフィール
1977年よりシカゴ在住。アジアン・アメリカン・ジャズフェスティバルの母体、アジアン・インプロブ・ミッドウェスト会長。シカゴをベースとする数々のミュージシャンとの共演経験を持ち、現在までに欧米諸国より50枚以上のアルバムを発表、参加作品も多数。太鼓道場を運営し、和太鼓や三味線をフューチャーしたワールド・フュージョンジャズで、シカゴ・アジア系ジャズを定着させたことでも評判。シカゴ・トリビューン紙「2001年シカゴアンズ・オブ・ザ・イヤー」(Chicagoans of the year)に選ばれる。シカゴにおけるアジア系音楽の開拓者として2007年にはアジア・アメリカ協会よりマイルストーン賞を受賞。邦楽からフリージャズまで幅広い音楽活動を続けている。

www.tatsuaoki.com



<スペシャルインタビューA>

cYoko Noge
シンガー/ピアニスト 野毛洋子氏

シカゴ市内のジャズハウス、アンディーズを中心に活躍する日本人シンガー/ピアニストの野毛洋子氏。音楽活動の他、シカゴ・アジアン・アメリカン・ジャズ・フェスティバルの運営、シカゴ市姉妹都市委員会の大阪共同委員長を務めるなど、複数の顔を持つ。2009年9月にシカゴ市内グラントパークで行われるジャズフェスティバルへの出演を予定している同氏に、今後の目標やジャズに対する想いなどを語って頂いた。

Q. まずは野毛さんがジャズアーティストになろうとしたきっかけを教えて下さい。

A. 最初はブルース・シンガーとして出発しました。大学生の頃にブルース・バンドを始め、大阪弁をシカゴ・ブルースに載せたオリジナルをやっていました。バンドコンテストで優勝したのがきっかけで、ビクター・レコードから「ヨーコ・ブルース・バンド」でデビューし、当時のLPやシングルを出して、ツアーを行いました。

ジャズをやり始めたのは、ブルースを聴きにシカゴに移住してから数年後、現在の夫のクラーク・ディーンと結婚したのがきっかけです。クラークはソプラノ・サックス奏者で私が師事したアーウィン・ヘルファーというブルース・ピアニストと一緒に演奏していました。彼らがジャズの曲もやっていて、「あ〜、いいな」と思ったのがきっかけでしょうか。その後、ジャズ・プレーヤーと知り合いになるにつれ、日本にいたころの「ジャズはエリートの音楽、ブルースは民衆の音楽」という偏見が無くなりました。ジャズがシカゴの人たち(特にアフリカ系アメリカ人)の間に根付いていたのを目の当たりにしたことも原因でしょう。

というわけで、「ジャズ・アーティストになろう」とかあまり思ったことはないのですが、いつの間にかジャズの曲もやっていた、ジャズ・プレーヤーとも一緒にやるようになった、ということでしょうか。

Q. 野毛さんにとっての「ジャズ」とはどういった存在ですか?またジャズの魅力とは何でしょうか?

A. ジャズもブルースも根っこの部分では変わらないと思いますが、音楽は私のなかで「無いと死んじゃう」空気みたいなものでしょうか。歌ってない自分は想像できないです。かといって一生懸命練習するタイプでもないのですけどね・・・ははは。

ジャズにも色々ありますが、月並みながらソウルフルというか人間味が前に出てくるジャズが好きです。魅力は一緒にやっているメンバーの体調とか気分とかで出す音の「色」が毎回変わるのが面白いです。「ジャズは格闘技だ」という人もいますが、私にとっては「プレーヤーがそれぞれ描く絵をモザイクにしたもの」っていうイメージかなあ。人間は一瞬一瞬変わるものですが、それをその瞬間に切り取って、すぐ消える音にするのは刹那的でおもしろいです。

Q. 野毛さんはアンディーズなど様々なジャズハウスで活躍されていますが、それぞれの会場ごとに何か違いのようなものを感じられますか?(例えば客層や客のノリなど)。またそれらを踏まえて、演奏する曲目の選択なども変えたりされているのでしょうか?

A. 演奏する曲は、その時の客層や会場の雰囲気によって変えます。前もって何をやろうとか、あまり考えないタイプなので、突然変な曲をやりだして、バンドのメンバーを戸惑わせることも多いです。

Q. 野毛さんに影響を与えたミュージシャンや曲があれば教えてください。

A.エルモア・ジェームス、ビリー・ホリデー、ビッグ・ママ・ソーントン、ジェニー・チータム、ダイナ・ワシントンです。曲はエルモア・ジェームスの「talk to me baby」。これがブルースをやるきっかけになりました。

Q.今後の活動方針・目標などがあれば教えて下さい。

A. 80歳までピアノ弾いて歌い続けること!

野毛洋子氏プロフィール
 シンガー/ピアニスト。大阪生まれ。今宮高校時代に伝説のブルース・ギタリスト、エルモア・ジェイムスに出会い、ブルースにはまる。大学時代にヤマハ・ポプコンの関西地区特別賞を受賞。その後、ヨーコ・ブルースバンドを結成し、バンドコンテスト番組のハローヤングでグランプリを獲得し、ビクターから大阪弁で痴漢を歌ったブルース「おっさん、何するンや」でデビュー。アルバム「ヨーコ」を発表。84年に渡米し、ジャズ・ミー・ブルースを結成。99年にシカゴ・ブルース・フェスティバルに日本女性として初めてバンドリーダーとして出演し注目を浴びた。音楽活動の他、日本経済新聞記者、シカゴ・アジアン・アメリカン・ジャズ・フェスティバルの運営、シカゴ市姉妹都市委員会の大阪共同委員長を務めるなど、複数の顔を持つ。2005年にコロンビア・カレッジ・シカゴから、活躍するアジア人女性を対象にした女性戦士賞を受賞、2006年の有力新聞社、シカゴ・トリビューンがその年の最も活躍したアーティストに贈るシカゴアン・オブ・ザ・イヤー賞を受賞した。2007年8月にはビクター・エンターテインメントからヨーコ・ブルースバンドのアルバムの再販が決まった。

http://yokonoge.com/

<スペシャルインタビューB>

cKen Spurr
ジャズピアニスト Ken Spurr氏

ピアニストとして、ジャズショーケースなどで活躍するケン・スパー氏。今回はそんな同氏にジャズに対しての熱い想いを伺った。

Q. まずはジャズピアニストになろうとしたきっかけを教えて下さい。

A. 僕は7歳の時にピアノを弾き始めたんですが、ジャズやロックミュージックが好きだったんですよ。子供ながらに、それらの音楽が持つソウルやリズムといったものに魅力を感じていました。だけど実際にジャズピアニストを目指すきっかけが訪れたのは大学生の時でしたね。当時のルームメイトに薦められてThelonious Monkのレコードを聴いた後、「Bird」というCharlie Parkerを題材にした映画を観たのです。それまでこのような音楽に触れたことがなかった僕は衝撃を受け、瞬く間にジャズのとりこになりました。「彼らのように弾きたい!」と強く感じるようになり、当時大学で勉強していた工学部を辞め、音楽科へと転向したんです。それ以後約20年間、僕はピアノを引き続けています。

Q. ケンさんに影響を与えたミュージシャンや曲があれば教えて下さい。

A.ピアノに関していうと、昔からBill Evansのファンです。後はDavid Kikoskiですかね。1954年〜67年までのMiles Davisグループの演奏も好きです。彼らは僕にいい刺激を与えてくれました。

Q. ケンさんにとってジャズとはズバリ何ですか?

A. 僕にとってのジャズとは「自己表現の場」ならびに演奏中に(これらの自己表現から)得られる「ダイナミズム」といったところでしょうか。例えば、僕は小さなジャズバンドで演奏をするのが一番好きなんですが、このシチュエーションだと僕を含む各ミュージシャンが即興演奏を通して己の自己表現を思い切りすることが出来るんです。「ジャズとは、個々のヒューマニズムを表現したものだ」とWynton Marsalisも言ってますよ。

Q. それでは最後に、将来の目標や方針などがあればお聞かせ下さい。

A. 実を言うと自分の中での「ジャズピアニストとしてのゴール」は年々変わっているんですが、現在の目標をあえて言うならジャズピアニストとしての演奏活動の他、ジャズインストラクター、己の技術を磨く練習、そしてレコーディングをバランス良く続けていくことです。これらは自己開発にも繋がるし、僕自身を成長させてくれるので。

Ken Spurr氏プロフィール
 ジャズピアニスト、そしてバンドリーダーとしてシカゴエリアを中心に活躍するプロフェッショナル・ミュージシャン。1997年〜2001年の5年間、シカゴ市内Prudential Buildingの最上階に位置するPlaza Clubにて演奏。また時を同じくして、97年〜99年にはCurt Warren Quartetと共にTexas Jazz Festivalへの出演を果たす。Louie BellsonやIra Sullivanなど、メジャーなジャズアーティストとの共演でも知られる同氏は、Chicago Federation of Musicians and A.P.O.L. (Association of Professional Orchestra Leaders)のメンバーでもある。2001年5月には念願であるファーストアルバム「Sometime Ago」をリリース。現在、シカゴ北西部郊外のElmhurst CollegeならびにHarper Colleageにて教鞭を取るかたわら、ジャズピアニストとして活躍中。

www.kenspurr.com

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