ういんちるさんの駐妻ライフだいありー



著者略歴 ういんちる

東京都出身。
90年代にカリフォルニア州、Los Angeols と San Jose に各3年ずつ駐在。習い事 と、ゴルフに明け暮れる。
2004年8月より、シカゴ郊外在住。夫と小学生の子ども2人の4人家族。


Chicago きっちん

バックナンバー
      みょうちきりんバスツアー アメリカ西海岸編 その1

 
こんにちは。はじめの挨拶をしたっきり、ずいぶん時間が空いてしまいました。 「駐妻」ういんちるです。

 今回は、私がまだ20代前半の「うら若き」駐妻だった頃のエピソードを紹介したいと 思います。これは「駐妻」だから出来た体験とは限らないのですが、日本人駐妻3人 組がひょんなことから参加してしまった中国系旅行社主催の、ラスベガス(賭城)& グランドキャニオン(大峡谷)旅行記です。振り返ってみればとっても面白い旅行で したので、一緒に楽しんでくださいね。

 あれは、私が夫の転勤についてロサンゼルスに渡って3ヵ月弱の頃でした。

 当時私は毎日午前中、街がやっている無料のESLクラス(英語のお勉強のクラス)に 通っていました。 そこのクラスメイトの日本人若奥様3人で、「旅行をしたいね」なんて話をしていた のだけれど、その話しを聞いていたクラスメイトのチャイニーズのおじちゃんやおば ちゃん達が、安い旅行会社を紹介してくれるということで、話しは一気に具体化した のでした。

 そうして旅行の手続きとかは、親切なチャイニーズのクラスメイト達がやってくれ、 あれよあれよという間に、私を含めた3人で、2泊3日のラスベガス&グランドキャニ オンツアーに出かけることになったのです。

 だけれど、良く考えたら、夫たちもよく送り出してくれたもんだ。 だって渡米3ヶ月以下の英語もロクに出来ない奥様達を、訳のわからん、漢字だらけ の広告を打っている、チャイニーズのツアーに参加させたのだもの。

  ともあれ、あっという間に当日になりました。 早朝6時にチャイニーズ系の旅行会社の人が、私たちが住んでいるタウンハウスの表 ゲートまで迎えに来てくれるということで、私は一人家を出発して表ゲートに向かっ たのです。

 ゲートには、既に旅行者の人間と思われる、見るからに中国人らしき男性と、私の友 人が待っていて笑顔で迎えてくれました。 英語もよく出来ない友人なのに、その中国人男性とやけにコミュニケーションがとれ てるなと思ったら、それもそのはず。 その男性は、
彼女の 夫であった。 

 はぁ〜、変な事言わなくて良かった。
と、旅の幸先よいスタートを喜んだ私だった。

  さて、旅行会社のミニバンは、私たちを含め近辺の10人くらいを拾ってまわり、 大型バスが待っている、
真の集合場所 にむかったのだった。

  途中、私たちは妙な事に気が付いた。 街の看板などが、どんどん英語から漢字に変わっていることに・・・。 そして、終いには殆ど街が漢字だらけになり、道などの標識さえも 中国語表示になってしまったのだ。

 えええええ? 不安が広がる私たち。

 そうこうしているうちに、ミニバンは巨大なショッピングモールの 駐車場に吸い込まれて行く。 そこで私の目に飛び込んできたものは、ありえそうもなかった光景。

 何十台と駐車している大型バスの周りに群がる群集。 何百人、いや、見送りの人もいたので、千人単位だったかもしれない。 それが、ほぼ全員、
チャイ ニーズなのだ。

  ここって、
ほんとにロサンゼルス?と、在米歴が浅い日本人若奥様3人組は目が点になった。

  その2へ続く・・・・にしようかと思いましたが、続けます。

 中国人の群集の中に放り出された私たち、3人の日本人駐妻。もしかして、もしかして・・・・

とんでもないツアーに 申し込んじゃったの!?
と、ワクワクが一掃され、不安で一杯になる。 だって、周りからは、英語すら聞こえてこないんだもの。 たよりは、ツアー業者兼ミニバンの運転手だったおっちゃんのみ。 群衆の中を早足で歩いていくおっちゃんを、必死に追いかけました。

 なんとか、目的のバスに乗ることが出来た私達。 自由席なハズの座席なのに、なぜかあたし達はツアコンの真後ろが指定席。中国語が出来ないから、お子様扱いですか?

などど、身の程知らずのことを思いつつ、バスの中を見回せば・・・・予想した通り、私たち以外の乗客は全員チャイニーズ。

 あたり前だけど、一応書いとくと・・・
ツアコンもチャイ ニーズ

 
てことで、旅行の日程表から、車内のアナウンスまで、容赦なく中国語で、英語のフォローは一切な し! 英語の説明もしてくれるものだと思っていた私たちは、かなりショックを受けた。

 英語だって満足にわからないのに、すべて中国語なんてそんな〜。 困り果てた私たちは、近くにいたマジメそうな一人旅の青年に通訳をお願いすること にした。 そうして彼は快く引き受けてくれたのだが・・・。
コレが全ての始まりだった。

 
そのことは、おいおい語っていきましょう。

 さて、スケジュール表によると、一泊目は
ラスベガス(賭城)泊らしい。朝から走り続け夕暮れ時になり、そろそろ到着時刻じゃない?って時間になっても、 まっ暗な砂漠が延々と続くばかり。

 行ったことないけど、ラスベガスってとっても明るい街はず! いったいどうなってるの?と3人の間に不安が広がる。

 そしてバスは、疑問符に満ち溢れた私達を乗せ、砂漠の中のショボイ街に滑り込み、 これまた、ショボイモーテルに到着した。


ここ、ラスベガスなの?  百歩譲って、街のはずれ?


 とあくまでスケジュール表とにらめっこの私たち。(だけど漢字) とにかく、訳が解らんまま、バスを下ろされた。

 なにげに去ろうとする通訳の青年をとっつかまえると、 「予定が変更になり、まずグランドキャニオン(大峡谷)に行くことになった。 夕食はついていないので、適当に各自食べること、明日は午前4時出発だ」 ということを、さらっと教えてくれた。


そんなのあり〜?

そして勝手に任命しちゃったけど、通訳の青年よ!

なぜ、教えてくれない!!


と、イカリモードの私だったが、これからも世話にならねばならないので、

「おーまいがっ! あいむ べりぃ さぷらいずど!」


とだけ、言ったに留まった。

その2へつづく ・・・旅はまだまだ初日なのだ。

感想、続きの催促などは、 Chicago きっちん まで・・・


                                   その2へ続く


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