多佳子さんのイリノイこぼれ話

著者略歴 デイ多佳子

神戸出身。滞米生活21年目を迎えたフリーランスライター。カリフォルニアはバークレーに始まり、サウスダコタ、イリノイと東進して、いよいよイリノイ生活が一番長くなりました。シカゴ・イリノイ大好き人間です。最新刊「観光コースでないシカゴ・イリノイ」(高文研)が日本全国の書店、及び在米日系書店、アマゾンで発売中。
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   マンハッタン

 今でも、ときたま新聞で、マンハッタン原爆開発計画に関わった人の死亡記事を見かけます。マンハッタンと読むと、ああ、まだ生きてたんだ、という乾いた言葉が浮かびます。まるで、私の知ることのない、あの1945年8月6日朝8時15分の広島の空が、突然眼前に現れるかのように。

 2007年3月3日付のシカゴトリビューンが報じたのは、87歳で亡くなったローズ・カーニーという女性物理学者です。

 シカゴ大学内の、使われなくなっていたフットボールスタジアム「スタッグフィールド」地下のラケットコートに作られた当座しのぎの実験室で、1942年12月2日、世界初の核連鎖反応が起きた時、若きカーニー博士は、アシスタントとして、その「世紀の一瞬」を見守っていたとか。

 その時の原子炉〔シカゴPile − 1 (CP-1)] は、翌1943年2月、いったん解体されて、すぐに、シカゴの南西、55号線沿いのレッドゲート・ウッドの森の中に再び作られ、改良されて、シカゴPile − 2 (CP-2)となりました。今のアルゴン国立研究所の前身の施設でのことです。

 レッドゲート・ウッドはちょっとした高台になっていました。この丘のどこに“それ”はあるのだろうか、と私はちょっと不安になりながらも、深い木々のあいだのトレールを歩き、やがて平らな丘の頂上へ。さらに行くと、きれいに木が伐採された場所に出て、真ん中に岩がひとつぽつんと取り残されたように置いてありました。ここだ。この下に、シカゴPile −2 (CP-2)が埋められているんだ。

 森なのに、木もなく草も枯れて不毛な感じがするのは、やはり気持ちがいいものではありません。そうかあ、ここかあ。。ここで行われたCP-2による実験が、ワシントン、テネシー、ニューメキシコでの研究にひきつがれていって、1945年、広島の「リトルボーイ」と長崎の「ファットマン」に結実するわけです。

 記念するものが違うよな。。。答えが出ないことは百も承知です。でも大きな岩の前に立つと、やはりそうつぶやかざるを得ませんでした。それは、ど素人の門外漢にとっては同じようなものを、「原子力」(atomic)と「核」(nuclear)とに使いわけるという、言葉に隠された政治的意図とどこか通底しているのでしょうか。原子爆弾atomic bomb の原子はいつしか平和利用の「原子」力発電所に、でも英語ではnuclear plant ですよ。で、nuclear weapon は日本語では「核」兵器。「原子」兵器とは聞いたことないなあ。。。atomic bombはnuclear weapon じゃないの。

 アメリカ最初の民間の「核」発電所ができたのはイリノイです。イリノイの電気供給量の92パーセントは「核」力発電で。州内に発電所は11ケ所。その発電量は全米一で、核発を持つ30ケ国のうち、イリノイ州は世界8番目の「核発大国」だそうな。ああ、おそろし。。。

 州北部を流れるロックリバーの水を使うバイロン村の核発の冷却タワーは、視界360度、一面に畑が広がる単調な空間のど真ん中で、まるで地平線からにょきっと突き出る感じで立っています。近くまで来ると、川沿いの道の両側は、大きなレンガ造りの家が立ち並ぶ新興の住宅地でした。週末の午後、人々は、広いきれいな庭に集まって笑いさざめいていましたが、そんな平和な日常の風景を背後からのそりと不気味に圧しているのが、二本の巨大なコンクリートタワーです。

 ここに住む人たちは、毎日どんな気持ちでこのタワーを見上げているのだろう。いや、あまりにも巨大すぎて、見えなくなっているのではあるまいか。

 シカゴ大学の実験室跡には、「核」だか「原子力」だか、nuclear energyと名づけられた、ヘンリー・ムーアの彫刻が立っています。なにやら、きのこ雲にみえなくもありません。母親の見守る中、小さな少女がその彫刻とたわむれていました。

少女の無邪気な笑顔と、笑顔を可能にする核発の巨大なコンクリートタワーの非情、そしてマンハッタン計画の発端となる手紙を書いたアインシュタインが、湯川秀樹博士とともに「原子力それとも核」廃絶運動に関わったという、後悔とよりよい人間社会をめざそうとする熱き思いー3つが連鎖反応を起こし、もう臨界に達したかのような現代社会にすむ私たちの行き着く先は。。。

 高校生の時に読んだカミュの「異邦人」が忘れられません。「なぜ人を殺したのか」「太陽がまぶしかったから」

 忘却だけは絶対に避けねばならない、と、岩の前で強く思いました。

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