多佳子さんのイリノイこぼれ話

著者略歴 デイ多佳子

神戸出身。滞米生活21年目を迎えたフリーランスライター。カリフォルニアはバークレーに始まり、サウスダコタ、イリノイと東進して、いよいよイリノイ生活が一番長くなりました。シカゴ・イリノイ大好き人間です。最新刊「観光コースでないシカゴ・イリノイ」(高文研)が日本全国の書店、及び在米日系書店、アマゾンで発売中。

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                       ペニーといえども。。。

 アメリカに22年以上住んで、道でペニー以外の硬貨を拾ったことがありません。ペニーを拾うの、と笑う方もいらっしゃるかも知れませんが、「ちりもつもれば山となる」と言うではありませんか。(笑) 逆に、人はペニーを落としてもそれほど気にならないのでしょう。数年前、車のディーラーがいくつか集まっている駐車場で、「あ、ここにもある、あ、あそこにも」と、腰をのばす暇なく、ペニーばっかり37枚も拾ったことがあります。暇やなあ、と笑わないでください。(笑) クオーターは拾わずとも、ペニーを37枚拾えば大万歳です。(笑)  

 1909年は、リンカーン生誕100周年記念の年でした。ペニーができたのが、この1909年です拾ってすぐに財布に入れるのではなく(入れるの? といった不信に満ちた声もささやかれそうですが。。笑)、じっくり見てみると、ペニーの肖像はリンカーンです。リンカーンの生誕100周年を記念して、このペニーが作られたんですね。肖像がお金に登場したのは、このペニーが初めてだそうです。ふ〜〜〜ん。アメリカ人にとって、リンカーンがどんな意味をもっているのか、私にはまだまだ測りしれないものがあります。 

 それからまた100年、今年2009年は、リンカーン生誕200周年記念の年です。100年前は、シカゴに100周年を祝う協会ができて、祝賀パーティなどの催しが開かれたようです。リンカーンの長男、66歳だったロバートさんも名誉会員として名前をつらねています。200周年の今年はどうなのでしょうか。 

 リンカーンの4人の息子のうち、ただ一人長生きして結婚、家庭を作ったロバートさんの孫、リンカーンの血をひく最後の人、ロバート・トッド・リンカーン・ベックウィズさんも1985年に亡くなっており、祝賀パーティの話は聞いたことがありません。でもペニーは、様変わりするそうですよ。 

 
今のペニーの裏面は、よく見ると、ご丁寧にも中央に鎮座しているリンカーンまで描かれた、ワシントンDCにあるリンカーンメモリアルですが、これがリンカーンの誕生日である2月12日から、リンカーンが生まれたケンタッキーの丸木小屋、丸太の上で座って本を読んでいるインディアナでの少年リンカーン、州議員になったイリノイのリンカーン、そして、連邦を守ろうとした彼の努力の象徴として、南北戦争中の改築で半分できあがったところの議事堂のドームという、4種類の新デザインが始まるそうです。やっぱりリンカーンは特別なんですねえ。 

 それをますます実感したのは、このあいだ就任した黒人初のオバマ新大統領が、「リンカーン尽くし」の演出をしたからです。もちろん、イリノイと縁が深い、それも黒人問題と真正面に向き合ってきた二人ですから、リンカーンと同様に列車でワシントン入りしたとか、1月19日のリンカーンメモリアルでの式典といい、1月20日の就任式でリンカーンと同じ聖書を使ったことなど、十二分に納得できました。 

 で、天邪鬼のペニーおばさん(笑)が気になるのは、実は長男のロバートさんです。ほんとに父親の生誕100周年のお祝いがうれしかったかなあ。(笑)お父さんの顔がお金になってうれしかったかなあ。。(笑) 

 イリノイ州の州都スプリングフィールドで生まれたロバートさんの少年時代は、父親はいつも巡回裁判で忙しく、数ヶ月も家を離れることはしばしばでした。だからロバートさんが覚えている父親といえば、馬にサドルバッグを乗せて、裁判の旅に出る支度をしている姿だけだったそうな。

 父親は、ロバートさんが頭のいいのを認め、誇りには思っていたが、なにやら競争相手のようなもので、二人の関係はそれほど近いものではなかったそうな。よく聞く話ですねえ。(笑) 

 1865年に父親が暗殺されると、母親と一人残った弟のタッドとともにシカゴに戻ってきて、父親と同じ弁護士になっています。その後、これまた父親と同じく中央政界にも進出し、戦争省長官やら駐英大使も経験しましたが、最後は、父親の遺体を運んだ、シカゴの大鉄道会社プルマン社の首席弁護士となり、1898年のプルマンの死後は社長を引き受け、その後、1926年に死ぬまで会長職も務めました。 

 シカゴ北部のゴールドコーストに、ロバートさんの邸宅がありました。レイクショア・ドライブのアドレスは、今はもう高層高級マンションに変わっています。でも、あたりのほんの1ブロックほどには、今もつたのからまる瀟洒な古い家が立ち並び、高級住宅地の香りを漂わせています。ミシガン湖を臨む邸宅で、アマチュアの天文学者だったロバートさんは、望遠鏡で星を見たり、幾何学の問題を解いたりして、世間からは隔絶した生活を送っていたそうですよ。そうでしょうなあ、弁護士なんて、人間の薄汚く、厚い欲の皮ばかり見せつけられる仕事なのに、その上に「父親リンカーン」まで背負わされてはなあ。。まあ、普通の神経ならつぶされるよなあ。。(笑)

 リンカーンの家族は、ロバートさん以外は全員スプリングフィールドに眠っています。でも、なぜかロバートさんだけが、ワシントンDCのアーリントン墓地の、それもリンカーンメモリアルが見える高台で、まるで「お父さん」を後ろから見守るかのようにして眠っています。

 ロバートさんが最後に公の場に姿を見せたのは1922年、このメモリアルの献呈式でした。その頃のペニーの裏面には二本の小麦の穂が描かれていたとか。

 メモリアルがペニーの裏面に使われるようになったのは1959年からです。それから150年、リンカーンの生誕200周年の年に、いよいよペニーの裏面には、お父さんの人生が描かれるーオバマ大統領の“演出”によって、ますます「お父さん」が注目されてるしなあ。。。人に知られぬようにといわんばかりに、後方からずっとメモリアルを眺めているロバートさん、ほんとは、ほんの短い時間でいいから、自分だけの「お父さん」になってほしかったかもなあ。。。 


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