多佳子さんのイリノイこぼれ話

著者略歴 デイ多佳子

神戸出身。滞米生活21年目を迎えたフリーランスライター。カリフォルニアはバークレーに始まり、サウスダコタ、イリノイと東進して、いよいよイリノイ生活が一番長くなりました。シカゴ・イリノイ大好き人間です。最新刊「観光コースでないシカゴ・イリノイ」(高文研)が日本全国の書店、及び在米日系書店、アマゾンで発売中。

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 ケンウッドー足るを知る

 新緑がまぶしい季節、シカゴの高級住宅街、ケンウッドを訪ねました。

 シカゴ大学のあるハイドパーク地区の北に隣接している高級住宅街です。かつては、東西はワシントン公園の東端からイリノイセントラル鉄道のあいだ、南北は43番街から51番街あたりを指しましたが、都市の再開発が進んだ今日、47番街を境に、街は社会階層で分化、二分されています。南側にあたる47番街から51番街のあいだ、それもエリスアベニューとグリーンウッドアベニュー、そしてウッドローンアベニューに囲まれた計8ブロックのあいだをぶらぶらしました。 

 おお、きらきらと木漏れ陽が美しい、こんもりと茂った大きな街路樹の後ろに、美しい大邸宅がつぎからつぎへと現われるではありませんか。大きな窓によく手入れの行き届いた広い前庭と樹木、古い彫刻入りの石の高い門柱のそばで咲き乱れる色鮮やかな花々、奥行きのある大邸宅の後庭には、テニスコートすら垣間見えます。。。

 大邸宅群は、見たこともない荘重かつオリジナルのデザインばかりです。大きくても、パターン化された家が並ぶ郊外の新興住宅地とはえらい違いです。広い敷地に人影はありません。見たとしたら、庭の掃除をしている人だけ。雇われている人たちでしょう。ああ、ここは別世界だあ、の溜息に異議を申し立てるような友達は私にはいません。(笑) 

 そんな別世界に住むのがバラック・オバマ氏です。今は忙しすぎて、邸宅でのんびりしている時間はないでしょうに、51番街とグリーンウッドアベニューの角にあるれんが色の邸宅の前には、二人のシークレットサービスのお兄さんが怖い顔をして立っていました。写真を撮ってもいいですか、と聞くと、だめ、と無愛想なこと。わずかなあいだにツアーバスが二台やってきました。お兄さんの1人が道路に出てきて、「ゴー、ゴー」と手を振って追いたてています。

バスの中では、「左手に見えますのが、今話題の人、オバマ氏の邸宅でございます。。。」とやってるに違いありません。(笑)門柱のところで、二人の女性がかがみこんで庭の手入れをしていました。でも、オバマ氏の邸宅は、ご近所に比べるとつつましやかなものです。 

 その他にも、ボクサーのモハメッド・アリが一時期住んだ邸宅やら、著名な建築家たちが19世紀後半に建てた邸宅、日本人にもなじみ深いフランク・ロイド・ライトが、1900年以降にプレーリースタイルを確立する以前の、師ルイス・サリバンから脱皮する大きな転換点となった家、Isidore Heller Houseも残っていました。 

 なぜケンウッドまで出かけていったか。オバマさんの追っかけではありません。(笑)「足るを知る」を実感・納得したかったからです。 

 1924年5月21日午後5時頃、このケンウッドで、「世紀の犯罪」が起きました。ケンウッドの住人、14歳のボビー・フランクスが学校帰りに歩いているところを、何者かに車で誘拐されたのです。まもなく身代金要求の手紙がフランクス邸に届きましたが、ほどなく、シカゴ市南部、インディアナとの州境で遺体が発見されました。顔と性器に薬品がかけられ、身元が分からぬよう工作されていましたが、簡単に身元が割れ、犯人もつかまりました。同じケンウッドに住む19歳のネイサン・レオポルドと18歳のリチャード・ローブです。 

 写真を見ると、この二人、なかなかのイケメンです。とりわけローブのほうは。(笑)大金持ちのドラ息子と言ってしまえば、それで終わりですが、レオポルドはシカゴ大学のロースクールに通い、15の言語を話す鳥類学者という天才で、ローブもこれまた史上最年少でミシガン大学を卒業した秀才です。頭脳明晰、お金はあるし、顔もいいし、で、女心はそそられても(笑)、レオポルドは同性愛者でした。で、“平民”の女は思うのです。一体何が不満やってん。。ぴったりのカップルじゃあないですか。 

 もちろん身代金が目当てではありません。フランクスにも性的虐待はなかった。つまるところ、ニーチェの「スーパーマン」に心酔、犯罪に興味があったローブが、“退屈しのぎ”に「完全犯罪」を計画したのです。犯罪には一切興味がなかったレオポルドが関わったのは、スポーツ万能のかっこいい、惚れたローブと関係をもちたかったから。ああ、嵐の青春時代よ。。頭脳もお金も美貌も何もかも手に入ったら、毎日が退屈かなあ。楽しみにして待つものがないかもね。。 

 結局二人は、敏腕弁護士、クラーレンス・ダローに助けられ、陪審員評決による死刑判決は免れて、無期懲役プラス99年という裁判官の判断で、悪評高いジョリエットの監獄に送られました。そこで二人は、それぞれの天分を生かして、学校で教えたり、病院や図書館で働いたり、ワクチンの人体実験に参加するなどして、「塀の中」の改善活動に尽くしました。が、12年後、ローブは、シャワールームで、別の囚人に刺されて殺されます。同性愛者への嫌悪感、憎しみでもあったでしょうか。模範囚レオポルドは、34年後に恩赦となり、プエルトリコに移って結婚もしましたが、ベッドルームにはローブの写真が飾ってあったとか。ああ、嵐の青春時代よ。。たとえ自分の人生を狂わされたとしても、それをありのままに受け入れねば、生きてきた甲斐、意味がないのかも。。1971年、66歳で死んだとき、角膜の一つは男性に、もう一つは女性に移植されたそうです。 

 3人の邸跡を探しました。48番街とグリーンウッドアベニューの角にあったレオポルド邸の敷地には、新しい邸が建っていました。ローブ邸とフランクス邸は、同じエリスアベニューのわずか二軒向こうのご近所さんで、二人は遠縁だったといいますから、驚きです。大きな博物館のようなローブ邸は1970年代に取り壊され、敷地はいくつかに分割されたようです。同じ住所のところは、今はこじんまりとした素敵な邸になっていますが、フランクス邸は朽ちるままに、まだそのまま残っていました。半円形の車寄せのある立派な邸です。3人の家族はその後どうなったのだろう。いや、大邸宅の中に、あたたかい家庭生活はあったのだろうか。資料には、belligerence, inappropriate laughter, lack of judgment, childishness, egocentricity, argumentative natureといった言葉が、二人を知る証言者のそれとして並んでいます。大学で学んだニーチェにかぶれるだけの頭脳明晰な、日々の繰り返しに退屈する若い、時にはどす黒いエネルギーを救うことができたのなら、それは何、誰だったのだろうか。 

 弁護士も感嘆する頭脳も、お金も美貌も、そして若さという巨大なエネルギーも、上手に使うのは至難のわざなんだろうなあ。やっぱり、道でクオーターを拾ったらうれしくなる(22年間のアメリカ生活で、一度もありませんが。。笑)今の生活が一番いいや。まさしく「足るを知る」で、mission accomplished です。(笑) 

 イリノイは、リンカーン、グラント、レーガンとこれまで3人の大統領を輩出したことを「売り」にしていますが、今度オバマさんが大統領に選ばれたら、4人目です。もしなれなかったら、ケンタッキーの掘立小屋育ちの共和党のリンカーンさん、大邸宅暮らしの民主党のオバマさんに言うかな、「足るを知れ」って??(笑)

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