多佳子さんのイリノイこぼれ話

著者略歴 デイ多佳子

神戸出身。滞米生活21年目を迎えたフリーランスライター。カリフォルニアはバークレーに始まり、サウスダコタ、イリノイと東進して、いよいよイリノイ生活が一番長くなりました。シカゴ・イリノイ大好き人間です。最新刊「観光コースでないシカゴ・イリノイ」(高文研)が日本全国の書店、及び在米日系書店、アマゾンで発売中。
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             パッカパッカパッカパッカヒヒ〜〜ン、ヒヒ〜〜ン

 15年ほど前のことです。サウスダコタにいたとき、牛と馬の区別がつきませんでした。日本での感覚から、太めは牛、細めは馬と思ってました。車を走らせていると、緑の平原に動物たちが点になって浮かんでいます。「あ、馬がいた」「何言ってんの、あれ、牛や」「うっそ〜〜、えらい痩せてるやん」「牛と馬もわからんの、都会人やね」といった感じの会話がしばらく続きました。

 当時の私にとって、牛とは、昔よくこそこそ食べて親に叱られた、某メーカーのバターの黄色いパッケージに描かれていた黒いまだらのある白い乳牛、馬はサラブレッドでしかなかったのです。


 でも、サウスダコタで学びました。でっぷりしてて、まったく走りそうにない荷馬もいれば、なんだかみょうに痩せこけた肉牛もいるのだと。でも、馬も牛も、動物たちはみんな人間と大きな一つの命をわけあって共存していると、ダコタのインディアンから学びました。


 シカゴから西へ一時間、私が住むデカブに、全米唯一の馬の屠殺工場があると知ってびっくり。パッカパッカパッカパッカヒヒ〜〜ン、さっそくのぞきに行ってみました。おお、なんという厳戒体制。。まずゲートがしっかりと閉じられ、外部の者は完全にシャットアウトです。サウスダコタにも畜殺場がありましたからてっきり、あの悪臭よ再びかと思っていたら、とんでもない。音もしなければ、臭いもない、窓もない無機質な近代的建物です。人の気配もありません。建物にコンテナーが2、3本お尻を突っ込んだ形になっているだけです。

敷地の一角に普通の家が建っています。見張り人の住居なのでしょうか。駐車場には、農務省のサインもあって、車のスペースが確保されていました。

 ほんとにここに全米から馬が運ばれてきているのだろうか。アクセサリーにする馬の尻尾の毛(ダコタで馬の毛イヤリングを買いました)でも落ちてはいないか、とゲートあたりの地面をきょろきょろ見回しましたが、馬の痕跡などまったくなし。

 仕方ない、聞いてみるか。ヒヒ〜〜ンヒヒ〜〜ン、ゲートにとりつけられたインターフォンを押してみました。返答なし。もう一度、ヒヒ〜〜ン。だめ。いるんだろ、中に。駐車場に車が何台も止まってるじゃないか。もう一度だ、ヒヒ〜〜ン。だめ。よし、こうなったら持久戦だあ。ヒヒ〜〜ン、日本人は馬を食べるんだよ、アメリカ人みたいに抗議に来たんじゃないんだよ。ヒヒ〜〜ン。

 電気を消して、人の気配をなくしたオフィスからじっとこちらをうかがっていたに違いない人のほうも、カメラを持った変なアジア系の女にうろつかれて、なにやらいやあな気分になっていたことでしょう。

 10回近くボタンを押したでしょうか。やっとおばさんが出ました。

 「何の用よ」おお、愛想のないこと、ないこと。

 「あのお、ちょっとお尋ねしたいことが。。」

 「なにい」

 「ここに馬が運ばれてくると聞いたんですけど、どんな馬が来るのですか、競馬の馬も来るんですか」ヒヒ〜〜ン

 「知らん。いろんな馬だよ。馬という馬はみんなだよ。」

 ヒヒ〜〜ン、「そうですか。あのお、馬肉がここから輸出されてるそうですが、日本にも輸出されてるのですか。」

「ノー」

ヒヒ〜〜ン。退散だあ。

 おばさんのガードが固いのも当然でしょう。ここで20年にわたって操業を続け、1週間に数百頭の馬を処理してきたベルギーの会社です。オレゴンにあった同社の工場は、1997年に爆弾で破壊され操業停止、今年に入ってテキサスにあった別のベルギーとフランスの二工場も閉鎖に追い込まれ、今残っている“殺馬”工場はここだけなのです。地元で、汚水処理違反で罰金を課されたりもしましたが、実は今年5月、イリノイでも、州知事が馬殺し禁止法案に署名、すぐに翌日、工場は閉鎖されました。もちろん裁判にもちこまれ、現在、州法の合憲性が連邦裁で争われています。最終判断が出るまで、工場は再開されたわけですが、なにしか2002年のイースターには放火もされたし、で、くわばらくわばら、ヒヒ〜〜ン。

 馬肉はヨーロッパやアジアへ輸出され、フランスでは店先で馬肉が売られているとか。ベルギー人も、健康食品として馬肉をよく食べるそうです。新聞記事には、東京の200のレストランに馬肉を卸しているという貿易会社社長のコメントが出ていました。もうアメリカは難しくなったから、メキシコから輸入をはじめている、そのうちオーストラリアやニュージーランドからの輸入も視野に入れるそうな。統計によると、イリノイ州の取引先第4位の日本への輸出は、コンピューターや電子機器、工作機械や化学製品で50パーセントを占め、馬肉はゼロのようです。

 これはかつての捕鯨問題と同じでしょうか。アメリカ人が食べる豚や牛はどうやねん、インドじゃ牛は神聖なんだぞ、馬肉に含まれるドラッグや薬品が問題なんであって、牛やまぐろとは別問題さ、 “私たちの馬”を食べるな、って言ってんのよ!あっほ、犬肉は輸出してないぞ、年とった馬はどうするねん、死んでもそのへんに雨ざらしかよ、とかまびすしいことったらありゃしない、ヒヒ〜〜ン。

 アメリカは弁護士が作っていく国ですから、この先どうなるのか、素人にはさっぱりヒヒ〜〜ン、ですが、なぜか思い出すのは、ダコタで見たバッファローの巨大な膀胱ですね。かつてインディアンにとってバッファローを殺すのは、成人するための通過儀礼であり、恵みを神に感謝しながら、バッファローの命のすべてを利用したのです。で、巨大な膀胱は、今でいうところの水筒となったわけです。ペットボトルより環境に優しいよ、ヒヒ〜〜ン(笑)というわけで、じゃあ馬は。。ヒヒ〜〜ン??

 今年、ウマ年生まれの友達とアーリントン競馬場へ行ってきました。競馬場の前には日の丸が翻ってます。シカゴの姉妹都市が大阪ということで、阪神競馬場と関係が深く、またGolden Pheasantという馬が1990年にアーリントンミリオンを、翌1991年には日本カップを制した記念に、パドックの前には、日本中央競馬会から贈られた桜の木が植わっています。ヒヒ〜〜ン、馬がご縁のイリノイと日本の関係というのもあるんだね。

今年、惨敗した友達は、工場の前で手を合わせ、来年の敗者復活戦勝利をお願いしたそうです。ご利益がありますように。その後、Golden Pheasantはどうなったの。。まさかデカブで。。。いえ、いえ、北海道で静かに種馬の余生を送っているそうですよ。ああ、よかった、よかった。。

 今日も無事に生きてることを感謝して、パッカパッカパッカパッカヒヒ〜〜ン、ヒヒ〜〜ン  (笑)

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