多佳子さんのイリノイこぼれ話

著者略歴 デイ多佳子

神戸出身。滞米生活21年目を迎えたフリーランスライター。カリフォルニアはバークレーに始まり、サウスダコタ、イリノイと東進して、いよいよイリノイ生活が一番長くなりました。シカゴ・イリノイ大好き人間です。最新刊「観光コースでないシカゴ・イリノイ」(高文研)が日本全国の書店、及び在米日系書店、アマゾンで発売中。
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                     恋文―ジュン・フジタさんへ

ひょんなことであなたのことを知ってから、もうずっと恋をしてます(笑)

夏になるとあなたはいつも1人で、ミネソタ州北部、カナダと国境を接するボージャー国立公園の湖でモーターボートを思いっきり飛ばしてたそうですね。湖に浮かぶ島があなたのものだったそうで、湖水はあなたにとって自分の庭のようなものだったんでしょうか。その島にあなたが建てたキャビンが歴史的建物として公園局に登録されてるんですよ。ご存知でしたか。びっくりでしょう。私もびっくりしましたよ。ええっ、シカゴにこんなかっこいい人がいたのお、お会いしたいなあって。。(笑)

あなたが英語で書いて1923年に自費出版した短歌集は、イギリスのケンブリッジ大学に収められているそうですよ。またまたびっくりでしょう。英語で本を出すのにうんうん言ってる私には、もうあなたは憧れの的なんですよ、すごいなあ、って。で、フジタさん、その短歌集の生原稿を探偵エラリー・クィーンを書いた作家の奥さんだった女優さんに渡したでしょう。だめだめ、知らん顔を決めこんでも。。もうバレバレなんですから(笑)

一体シカゴで、どんな人とどんなお付き合いをしてたんですか。(コンビニ立ち読み根性で申し訳ないです。。笑) でも、やっぱり明治男って魅力あったんだあ。一本筋を通す気骨がオーラに出てたのでは、と想像してますよ。で、私もそんな“かっこいい”あなたに恋してます(笑)

あなたが新聞社の報道カメラマンをしてたときの秘蔵写真も見てきましたよ。フランク・ロイド・ライト、カール・サンドバーグ、アインシュタイン、アル・カポネ。。シカゴがすっごく面白かった1920年代を彩った人々をいっぱい撮ってますね。ああ、あなたが経験したシカゴを私も生きたかったなあ。。

あの有名なアル・カポネのセントバレンタインデー虐殺の写真なんかよく撮れましたね。男たちが血を流して床にあお向けでぶっ倒れている例の写真ですよ。歴史的な写真じゃないですか。すごい。でも、あなたが新聞社をやめてマスコミ世界から消えたのは、この虐殺写真がきっかけだったのでは、と私は考えてます。汚い人間社会はもううんざりだ、って。

インディアナ砂丘国立公園にも、もう一つ週末用の別荘を持ってましたね。この別荘も歴史的建物として登録しようという動きがあったみたいですけど、これは認められず、数年前に公園局がとりこわしてしまってました。でも、ミーズバンダローのガラスの家を先取りしたようなモダンな五角形のガラス壁の家の跡は、深い森の中に残ってました。そして今も森のあちこちには、黄色や白や紫の小さな野花が咲き乱れてました。ああ、あなたの世界だと心が震えました。アート・インスティチュートに残されているあなたの写真の世界。。

そうそう、あれはあなたが植えたんじゃないでしょうか。敷地の一角に奇妙にも竹林がありました。あの竹林を見たとき、あなたの“日本人”の心に触れたように感じました。

このあいだ、あなたのことを日本で紹介してきましたよ。日本の人はあなたのことをぜんぜん知らないから。えっ、余計なことをしたって。。そんな怖い目でにらまないでくださいよ。で、その時にちらっと聞いたんですけど、日本人コミュニティと関わらない人はもう日本人じゃない、みたいな。そうかなあ。。日本人ってそんなに“小さい”ものなんでしょうかあ。。だから言わんこっちゃないって。。そ、そうぷりぷりしないで、フジタさん。あなたはコミュニティとは関わらなかったみたいですけど、でもあなたを創った心は“日本人”のそれだし、その心があったからこそ戦前シカゴで大活躍できたわけだし、それって、日本人として誇りに思い、認められるべきことなんじゃないでしょうか。

私が好きなあなたの短歌がどれかお伝えしたいんですけど、もしかしたら著作権の問題があるかもだし、というか本音は、英語だからよく分からないんですよ。すみません(笑)でも、あなたらしく、四季の自然を謳っておられるぐらいは私でも分かります。最後に、もう一つお聞きしてもいいでしょうか。日本語では「春夏秋冬」といいますよね。なぜあなたの短歌集は「冬」から始まるのですか。かすかに口元をゆがめこそすれ、黙して語らず、のあなたの顔が浮かびます。はあい、それが私が大好きなフジタ・ジュンさんでっす。(笑)

そうそう、あなたが1963年にシカゴで亡くなってから、奥さんのフランシスさん、性格が変わったそうですよ。明るくなったんだって。。ドビュッシーが大好きなセクシストの明治男の気難しいアーチストめ、シアーズのような大手企業の広告写真をとるのに、奥さんをアシスタントとしてこき使ったんでしょう(笑)アメリカに帰化できない日本人男性と結婚したら市民権を失ったかも知れない時代に、結婚して30年以上も添い遂げたフランシスさんの勇気と、そしてもう一度、フジタさん、アメリカ人女性をも虜にしたあなたの魅力に脱帽です(笑)

あなたの遺灰は、あなたが大好きだったミシガン湖に消えたかな、と思ってます。シカゴを生きた “日本人の心”をもった1人の大先輩として、これからもいろいろ教えてくださいね。よろしくお願いします。それではまた。

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