著者略歴 長野尚子
イリノイ州在住フリーライター。
2001年、大手出版社の制作ディレクターを退職後、単身アメリカへ留学。 その後帰国し子育て関連誌の編集者を経て、結婚を機に
2006年3月より再びカリフォルニア州バークレー市へ。
主に教育・子育て、国際文化交流をテーマに人脈を広げながら執筆活動中。 2007年10月より、研究者である夫の仕事の関係でシカゴ郊外に移る。
趣味・特技はJazz(ピアノ&ヴォーカル)、剣道(四段)。好きなことは食べることと飲むこと。
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“無料建築ラリー” 〜オープンハウス・シカゴ 2014
シカゴ建築財団(Chicago Architecture Foundation:CAF)が2011年から主催する年に一度の“シカゴ建築ラリー”、「オープンハウス・シカゴ(Open
House Chicago)」が、10月19〜20日の二日間シカゴ市内で開催された。誰でも無料で参加できるイベントで、午前9時から午後5時までの間(時間は建物による)、参加者はリストに指定された建築物を訪ねてその歴史的背景を学びながら、普段未公開の内部をも探索することができる。好きな建物を見学し放題の、建築ファンにはたまらないイベントなのだ。
18エリア、150以上の建造物が無料で見放題
対象エリアは、シカゴ市内の東西南北、全18エリア。この中に点在する、プライベートクラブ、居住空間、オフィス、ホテル、劇場&ホール、建築デザインスタジオ、学校、教会などの宗教的建築物、文化施設といった150以上の歴史的建造物が対象。もちろん、二日かけてもとてもまわりきることはできないため、あらかじめ自分の行きたいエリアやお目当ての建物をピックアップして最も効率よく回れるルートを計画しておくのがポイントだ。
どれも魅力的だったが、私は普段なかなか足を運ぶ機会のない南部と、ダウンタウンを選択。日曜当日は少し肌寒いものの街歩きには絶好のお天気。普段は人通りの少ない日曜日のビジネス街は、イベントガイドを手にした人たちが行き交い活気にあふれていた。
アフリカン-アメリカン(黒人)文化が花開いた“Bronzeville(ブロンズビル)”
まず向かったのは、シカゴダウンタウンから数マイルほど南のBronzebille地区。北は26th通りから南は51st通りまで、ハイウェイ94号線から東に位置するこのエリアは、シカゴでも最大の黒人コミュニティとして栄え「ブラック・メトロポリス」とも呼ばれた場所だ。1910年代、差別に苦しんだ南部の黒人たちがより良い生活を求めて北部の都市へと移動を始めた “Great Migration(黒人の大移動)”後、この地を選んで移り住んだ黒人たちによる文化が大きく花開き、教会や集会所、Jazzやブルースクラブが多く建てられた。現在ではそのほとんどが売却され、または取り壊されたが、当時の形を残す建物が今も点在している。
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まず、47thとドレクセル通りの角にある、「サザーランド・ホテル(Sutherland
Hotel)」(※1)へ。第一次大戦中は軍事病院として使われたが、1925年にホテルとして復活。2階のボウルルームは、黒人が出入りできる社交場として大いに賑わったという。50〜60年代にはマイルス・デイヴィス、ジョン・コルトレーン、ディジー・ガレスピー、ナンシー・ウィルソンなどのJazzアーティストたちが頻繁にここで演奏した。現在は低所得者のためのアパートメントとして使われている。
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ここから数ブロック北、43rd通り界隈は、1920年頃にはさまざまなショップ、オフィス、エンターテイメント施設が建ち並び、ブラック・メトロポリスの中心地として隆盛を極めたエリア。黒人たちの雇用機会が他エリアに比べて多かったのもその理由だ。今では空き地が目立って閑散としているが、そのなかでCTAグリーンラインの“43rd駅”すぐ前に、大きな木造の劇場、“The
Forum”だけが異様な存在感を示している(※2)。
「The Forum」 当時の観客の歓声が聞こえてきそうな建物内部。完全修理には26億円ほどかかるそうだ。
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建造は1897年。シカゴで現存する最古のボウルルームだ。1950〜60年代には、ナット・キング・コールやナンシー・ウィルソンなどのジャズミュージシャン、マディー・ウォーターズやココ・テイラーなどのブルースミュージシャンたちがここで演奏したほか、黒人の政治集会にも頻繁に使われた。ブロンズビル地区ではなくてはならない黒人文化の中心的役割を果たしていた場所だ。2011年に取り壊しの危機に瀕したが、現在新しいオーナーが再建を目指して運動を続けているという。劇場が再開し、この街が再び活気を取り戻す日にしばし思いをはせる・・・。 |
さらに数ブロック北上した35thとマルティン・ルーサー・キング通りの近くに、1909年にオートショップとして建てられ今は金物&雑貨店となっている店がある(※3)。実は、1921年に開業した有名ジャズクラブ「サンセット・カフェ」の建物。当時はチャーリー・パーカーやベニー・グッドマンなど、名だたるジャズメンが毎夜のように熱い演奏を繰り広げ隆盛を極めていた。経営していたのは、かのルイ・アームストロング(と、一時期、アル・カポネ)。 |
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(左)当時の「ステージ」は今は店の事務所になっており、壁に描かれた絵がそのまま残っている。
(右)ルイ・アームストロング楽団(1927年”Sunset Cafe”)
様々な人種、宗教、文化、ビジネスがひしめき合う、ダウンタウン

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サウスサイドに後ろ髪をひかれつつ、一路ダウンタウンの「Chicago Board of
Trade Building (シカゴ商品取引所)」へ(※4)。1930年に竣工した45階建てのアールデコ様式の建物は、市民やシカゴを訪れる観光客に愛されつづけており、「バットマン・ビギンズ」や「アンタッアブル」など多くの映画のシーンに使われている。この日一般公開(メンバー以外)されたのは、地下の金庫室のみだったのが残念。
地下金庫室。この巨大な扉は重さ40トンにもなり、特殊な機械でないと動かせない。セーフティー・ボックスは取引所の会員のみが使うことができる。 |
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商品取引所と同じくHolabird & Rootが設計した
11階建てのネオクラシカル様式の市庁舎(※5)
市議会議室も特別公開 |
市庁舎の向かい側にそびえ立つ、シカゴで一番古い “天空の教会”「シカゴテンプル」(First
United Methodist Church)。(※6)その高さは、568フィート(約173メートル)と、教会の建物としては世界一だという。教会関係者の居住階もあるらしい。シカゴの高層ビルのど真ん中にいながら、この空間だけは神聖な静けさを保っているという不思議な感覚。

エレベーターで20階の「スカイチャペル」へ |

ダウンタウンの高層ビル群を見下ろせる、アウトドアー・パティオ。 |
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教会から1ブロック南下したクラーク通り沿いには、今度はユダヤ教の教会、「Loop
Synagogue(ループ・シナゴーグ)」(※7)がある。ビルの谷間にあるので危うく通り過ぎそうになる。現在の建物は1957年に建てられたもので、2階にある壁一面がステンドグラスの至聖所は、アメリカでも最も美しいインテリアの至聖所」と称されている。 |
入り口の彫刻はHenri Azazによる“Hands of Peace”(平和の手)。
このほかにも、ジョン・F・ケネディー大統領が滞在中に「キューバ危機」の第一報を受け取ったというルネサンスホテル(Blackstone
Renaissance Hotel)の「プレジデント・スイート」など、見たいリストは山ほどあったが残念ながら時間切れとあいなった。
今年初めて参加したこの「Open House Chicago」、移動や順番待ち等に要する時間もあり、半日で見て回れる建物は数えるほど。二日間という開催期間ではとてもじゃないが足りない。それでも、このイベントを通して改めてシカゴの建築の魅力を感じ、さまざまな歴史的背景を学ぶことができた意味はとても大きかった。また、普段は何気なく通り過ぎていた建物への興味・関心が増したことや、「行き損ねた!」という悔しさが余計に訪れてみたい心理をくすぐるところなどは、まさに主催者であるシカゴ建築財団の狙いどおりだったのかもしれない。
惜しむらくはこのイベントの広報がまだまだ足りないことだ。新聞の折り込みでこのイベントを知ったのは、わずか1週間前。シカゴ市を訪れる観光客の多くが建築物目当てであることを考えると、今後はもっとシカゴ市をあげての大きな建築フェスティバルイベントに育てるべきではないか、と思う。
さて、最後に忘れないように、来年への心得を書いておこう。
1) エリアは欲張らず1〜2エリアに絞るべし。
2) 「歩ける距離」だからとあなどるなかれ。徒歩でも移動には結構時間がかかる。“Divvy”(シカゴのレンタル自転車。この期間は24時間で$5という特別料金になる。)を積極的に利用すべし。
3) ホテルのスィートルームや会員限定クラブなど、この時限定で一般公開される場所を優先し、いつでも自由に入れる建物は後回しにするべし。
すでに、来年に向けて静かな闘志を燃やしている私である。
■ オープンハウスシカゴ2014
http://www.openhousechicago.org/
■ 記事内で紹介した建物
1.「サザーランド・ホテル」Sutherland Hotel / Chicago Blues Museum
4657-4659 S. Drexel Blvd. | Neighborhood: Bronzeville
http://www.openhousechicago.org/site/306/
2.「ザ・フォーラム」 The Forum
324 E. 43rd St. | Neighborhood: Bronzeville
http://www.openhousechicago.org/site/419/
3.「サンセット・カフェ跡」 Meyers Ace Hardware / Sunset Cafe
315 E. 35th St. | Neighborhood: Bronzeville
http://www.openhousechicago.org/site/22/
Website: www.facebook.com/MeyersAce
4. 「シカゴ商品取引所」 Chicago Board of Trade Building
141 W. Jackson Blvd. | Neighborhood: Downtown
http://www.usshimbun.com/travel/travel-cbot.html
http://www.openhousechicago.org/site/380/
Website : cbotbuilding.com
5. 「シカゴ市庁舎」 City Hall
121 N. La Salle St. | Neighborhood: Downtown
Website: cityofchicago.org
6. 「シカゴ・テンプル」 Chicago Temple (First United Methodist Church)
77 W. Washington St. | Neighborhood: Downtown
http://www.openhousechicago.org/site/38/
Website: chicagotemple.org
7. 「ループ・シナゴーグ」 Loop Synagogue
Loop Synagogue
16 S. Clark St. | Neighborhood: Downtown
http://www.openhousechicago.org/site/243/
Website: chicagoloopsynagogue.org
■ Chicago Architecture Foundation (CAF) シカゴ建築財団
シカゴで最も重要な文化財団のひとつ。シカゴ市内の建築ツアーや各種展示会やイベントプログラム、教育プログラムなどを主催している団体。会員になると、年間を通じてさまざまな割引などのメリットが受けられる。
Website : architecture.org
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