元子さんのインディアン・ジャーニー



著者略歴 元子さん

 
2001年よりシカゴ西部の郊外在住。

 学生時代より持ち続けた南米のインディオ文化への興味が、アメリカ移住とともに北米インディアンへ移行中。

 米系企業でマネジャーとして働きつつ、休暇とくれば居住地巡りにアートマーケットでインディアングッズ物色、が目下の楽しみ。将来は居留地の近くに住み、リトリートを経営するのが夢。
 
 アメリカン・インディアン文化を、アメリカで普通に生活する日本人として紹介したいと思います。


バックナンバー

            カウボーイとインディアン その3


 アメリカン・インディアン文化を語る際に、カウボーイと騎兵隊抜きには語れません。

 後日お話することになると思いますが、インディアンにとって騎兵隊とは目の仇(カタキ)。表面的には友好条約を結んだりしていた当時の政府との関係の裏で、インディアンと騎兵隊の間にある歴史とは、略奪と殺戮のそのもの、と言っても過言ではありません。

 一方で、インディアンとカウボーイが敵対関係に陥る事もしばしば。何しろ原住民であるインディアンにとってカウボーイや入植者たちは、彼らの土地に侵略してきたよそ者以外の何者でもありません。しかし、その一方で、インディアンとカウボーイの間に通商関係があったのも事実です。彼らの間ではしばしば物々交換が行われたり、実際に商取引が発生していました。

 カウボーイとインディアンの間で取引されたものといえば、ナバホ(Navajo)で有名なラグ、毛布(Pendletonでおなじみ)、バスケットといった日用品やバッファローの干し肉、ペミカン(Pemmican :乾燥した肉や魚を、脂肪、ドライフルーツと混ぜ固めたもの)などの食料品、それにビーズ装飾品や革製品から銃までありとあらゆるものが対象となりました。

 現在でも、ロデオ大会にめかし込んで出かけてくるカウボーイの服装を見ていると、ターコイズや銀の装飾が施されたバックルのついたベルトや、きれいなビーズ細工のほどこされたカウボーイ・ハットなど、インディアンの影響を受けたものを多く見かけます。当時の西部開拓者は厳しい自然の中を生き延びる知恵をインディアンから学び、かれらの文化やアートを自分達の生活に取り入れ、また、インディアンたちは白人が持ち込んだ文明の利器に触れるようになりました。そういう意味でも、西部開拓史の中でインディアンとカウボーイを切り離して考える事はできません。このオクラホマの博物館ではそんな当時の西部開拓史の様子を、絵画、版画、彫刻ばかりでなく、実際に残された生活用品等からも学ぶ事が出来ます。

 アメリカで最も有名な西部開拓史時代の画家と言えば? 私だったらチャールズ・ラッセル(Charles M. Russell)を一番に挙げるでしょう。1926年に亡くなった彼は、ミズーリ州セント・ルイス(St. Louis, MO)の裕福な家庭に生まれながらも西部の魅力にとりつかれ、長年モンタナ州グレート・フォールズ(Great Falls, MT)に居を構え、アメリカ西部・南西部はもちろん、カナダを訪れては北米原住民の生活風景はもちろんのこと、当時の西部開拓に携わるカウボーイ達の姿を描いた多くの作品を残し、Cowboy Artistとして名を馳せました。彼のアトリエと住居がそのまま残る、<a href="http://www.cmrussell.org/">CM Russell Museum </a>は前述のグレート・フォールズにありますが、彼の作品はこのオクラホマの博物館でも多く見られます。

 オクラホマと言えば、オクラホマ・ミキサーにミュージカルの”Oklahoma!”、それに市庁舎爆破事件・・・・?

いまひとつ日本人にはピンと来ない場所ですが、万一オクラホマ・シティーを訪れる機会があれば、是非立ち寄ってみて下さい。一見の価値ありです。


チャールズ・ラッセルの作品: A Doubtful Handshake
まさに当時のインディアンとカウボーイの関係を皮肉った水彩画スケッチ


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