| 日本に帰って、大学を辞めて、また留学
あっという間のカリフォルニアから帰って、また日本での大学生活。 何も変わらない毎日、もう疲れた…その先の大学留学を目指して2年の終わりに自主退学する。
日本でアルバイトをしながら、自分で留学の計画を始める。 とは言っても、アメリカには膨大な数の大学があることに気づく。 それで留学斡旋会社をリサーチ。 できるだけ安く質のいいところを探して、また相談に行く。 結果、NY郊外の私立大学の夏3ヶ月間のESLに決定。
その近くに、行ってみたい州立大学があったので、その大学を自分の目で見るためにその近くの私立大学のESLに決める。 今度のHousingは生まれて初めての大学のDormitory。 アメリカの大学の寮はヨーロッパ、日本のシングル制と違って、だいたいが2、3人で1部屋をshareする。住んでみたい! 何も考えずに、applyする。今回の計画&準備、出発までには約2ヶ月。
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2003年、6月NYに向けて出発。 私の通う大学はマンハッタンから電車とバスで約40分、やや郊外。 はっきり言って学校の周りには何もない。 アメリカ車社会を感じさせられる。 到着の日の夜はすごくさみしかった。
なぜなら、到着が遅かったせいもあって、自分のベッドの用意(シーツ類は自分で用意する)もできず、カフェテリアでのmealも逃した。 3人部屋のいるはずのルームメートも帰ってこない…不安いっぱいの夜だった。 そんな夜が明けて、さっそくESLへ。 |
やっと何人かの生徒に出会い、ほっとする。 日本人にもひとり会う。 そして簡単なクラス分けのテストのあと、部屋に必要な物の買い出しに連れて行ってもらう。 やっぱり車は必要。 それにしてもアメリカの巨大スーパーはおもしろい。 日本に比べて適当すぎるのにあきれる反面、でっかいカートにどんどん物を放り込んで買い物するのは楽しい。
一通り、生活の準備は整った。そしてこの夜初めて、ルームメートに会う。 彼女は大学一年生、あまり帰ってこないからTVとかビデオを使っていいよとofferしてくれた。 ラッキー:)そして3ヶ月間、広い3人部屋をほとんど一人で使えることになる。 基本的に夏のドミトリーは空いている。
この大学のESLはカリフォルニアの語学学校と仕組みは基本的に同じだったけど、もっと小規模で先生達もみじかに感じた。 日本人も数えるばかり。 全体で3、4人。 彼らとはいい友達になれた。
その先大学留学を目指す子や、日本に帰って働く子、みんな目的があった。 そして私も自分の目的だった、NY州立大学のリサーチを始める。 その大学にESLはなかったものの、summer classはあり、夏だけの留学生にもコースをとれるのか聞いてみたところ、あっさりOK。 |
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自分にも着いていけそうなクラス、とヨガを選ぶが取る人が少なすぎてキャンセルに。 言葉のあまり必要なさそうなASL
(American Sign Language) にapplyする。
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このクラスは本当にいい刺激になった。アメリカ人の学生(といっても年齢はバラバラ)の中にひとりぼっち。 週に2回の夜クラス。 最初のうちはなじめず本気で辞退しようかと考えたけど、自分の目的意識が許さなかった。
とうとう2ヶ月間1回も休まず出席。 クラスのみんなとも親しくなって、最後のクラスでは、手話で自分の気持ちをクラスメイトに伝え、達成感。 自信になったかな。 |
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