なぜ、「逃亡者」でキンブルはセントパトリック・デーのパレードに救われるのか?
ハリソン・フォード主演の映画「逃亡者」。シカゴが舞台となった映画としても知られるが、その中でフォード演じるキンブルが、トミー・リー・ジョーンズ演じる捜査官に追われる。
危うく捕まりそうになるキンブルは、セントパトリック・デーのパレードにまぎれて、危機一髪で逃れるというシーンがある。
たまたまこの日が、セントパトリック・デーだった、というのもすごい偶然であるわけだが、物語上の必然性は何もない。
なぜ、キンブル医師がセントパトリック・デーのパレードに救われるのか? この問題について、1993年に初めて「逃亡者」を見てから、12年間、私はずっと悩み続けている。
たまたま先日、テレビで「逃亡者」が放映されているのを見た。シカゴの街が随所に登場するのが楽しい。ヒルトン・ホテルや市庁舎の辺り。CTAの高架電車。そして、セントパトリック・デーの緑色に染まったシカゴ川と、セントパトリックのパレード。しかし、「キンブル医師がセントパトリック・デーのパレードに救われるのか?」の答はわからなかった。
私が以前より想定している答の一つは、ハリソン・フォードはアイリッシュとユダヤ人のハーフである。したがって、アイリッシュのパレードに救われるということに、意味があるのだろう、というものだが、しっくりとは来ない。
さて、先週末の9月17日、18日。シカゴで、ケルティック・フェスティバルが開かれた。ケルト文化のお祭り。ケルト文化というのは、アイリッシュとスコティッシュ(スコットランド人)の文化、と考えて良いだろう。アイリッシュ音楽、アイリッシュ・ダンス、バグ・パイプの演奏。ケルト文様をあしらったアートの即売。フィッシュ・アンド・チップス、シェファード・パイ、アイリッシュ・シチューといったアイリッシュ・フードの店。実に、多彩な催しが並ぶ。アイリッシュ文化をとことん堪能できるフェスティバルである。
シカゴのフェスティバルの中で、私の一番のお気に入りである。
そのフェスティバルでアイリッシユ・ミュージックを聴きながら、突然電光石化のごとく、「キンブル医師がセントパトリック・デーのパレードに救われた理由」を理解したのだ。
アメリカにおいてこれだけの規模のアイリッシュのフェスティバルというのはないはずである。また、シカゴのセントパトリック・デーのパレードも、アメリカで最大のものである。
シカゴにおけるアイリッシュ人口は6%ほどであるから決して多くはない。現在のデイリー市長をはじめてとして、歴代のシカゴ市長は半分以上がアイリッシュである。シカゴといえばシガコ大学が有名だが、シカゴの政治に大きな影響力を持っているのは、デイリー市長もそうだがカトリック系のデ・ポール大学出身者である。アイリッシュの力が強い街がシカゴである。そして、街角にアイリッシュパブもいたるところにあるし、アイリッシュの文化が強く現れている街がシカゴである。
例えば、ニューヨークの場合は、人口の30%ほどがユダヤ人で、「ニューヨーク=ユダヤ人の街」であると言われるが、それと同じ感覚で「シカゴ=アイリッシュの街」なのである。
そうした前提で、「逃亡者」を見れば、なぜわざとらしくセントパトリック・デーのパレードが登場するのかが、よくわかる。
シカゴといえばアイリッシュである。そして、ハリソン・フォードもアイリッシュの血を引く。アイリッシュ文化を全く登場させない、という方が不自然なのである。アメリカ全土から観光客が集まってくる、アメリカ最大のアイリッシュの祭典であるシカゴのセントパトリック・デーが登場するというのは、必然である。
お約束とも言えるだろう。
例えば、「火曜サスペンス劇場」で、「青森みちのく殺人事件」というのがあれば、必ず「ねぶた祭」のシーンが登場するはずだ。「青森=ねぶた祭」という連想があるから、お約束なのである。それと、同じこと。日本人にとって「青森=ねぶた祭」が常識であるように、アメリカ人にとっては「シカゴ=アイリッシュ」なわけで、そうしたバックボーンを理解することで、私の長年抱いていた謎は、スッキリと解読されたというわけだ。

写真 セントパトリック・デーのパレード

写真 子供たちが可愛らしいアイリッシュ・ダンス

写真 伝統的ケルト音楽の演奏

写真 勇ましいバグ・パイプの演奏
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