樺沢さんの精神医学的アメリカ考察



著者略歴 樺沢紫苑
(本名 佐々木信幸)


1965年、札幌生まれ。札幌医科大学卒。
精神科医。

2004年4月より、イリノイ大学シカゴ校
精神科勤務。

著書
「北海道スープカレー読本」(亜璃西社)


 朝日新聞、週刊ポストなどに記事執筆。サブカルチャー、アメリカ文化に詳しい精神科医として、テレビ、ラジオ出演など、精力的に活動中。

メールマガジン「シカゴ発 映画の精神医学


バックナンバー

  「モンティ・パイソン スパマロット」がニューヨークでバカうけしている理由


 2005年トニー賞受賞作品。ニューヨークでは、いまだにチケット入手が困難な状態が続いているという超人気ミュージカルが、「モンティ・パイソン スパマロット」である。これが、シカゴのキャデラック・プレイス・シアターに来るとなっては、見に行かざるを得ない。

 ニューヨークでは、かなり早めにチケットを購入しておかないと鑑賞困難であるにも関わらず、シカゴでは当日でも買えるというところが、シカゴでミュージカル鑑賞する最大のメリットである。私が「スパマロット」を見に行ったのは、4月20日。すなわち、公演開始2日目であったにもかかわらず、すでにHOT TIXで半額チケットが出ていた。

しかしながら、場内は完全満員で空席はなかった。客層は若者が多く、いつものミュージカルとは違った熱気に包まれていた。このミュージカルは、1975年に制作された映画「モンティ・パイソン&ホーリーグレイル」を舞台化したもの。内容を一言で言うと、アーサー王の聖杯探索の話ということになるが、実際はイメージと相当に違う。純粋なドタバタコメディである。笑いを中心に、歌と踊りが繰りひろげられるという。ミュージカルというよりは、ドリフターズとか吉本新喜劇なんかをイメージしておくべきだ。

アメリカでコメディを見る場合、英語がきちんと聞き取れるかが心配である。私のヒアリング力はかなりお粗末であるが、「スパマロット」は聞き取りやすい英語で、ミュージカルの歌詞も簡単な言葉が何度も繰り返されるというもの。ストーリーもシンプルだし、ビジュアルだけでも笑える場面も多いので、言葉の心配は少ないと言える。

ただ、こうしたコメディの常であるが、風刺やパロディが多い。「スパマロット」は、実はブロードウェイのミュージカルのバロディになっている。有名ミュージカルのパロディが次から次へと登場する。「オペラ座の怪人」「レ・ミゼラブル」「屋根の上のヴァイオリン弾き」「雨に歌えば」等々・・・。かなり曲や歌詞がアレンジされているので、パロディの元ネタは注意してみていないと気付かない可能性もある。おそらく私自身、気付いていないパロディが山ほどあっただろう。すなわち、ブロードウェイ・ミュージカルのファンにとっては、パロディ続出の実に楽しい作品であるとこは間違いなく、この作品がブロードウェイで大ヒットを続けている理由も、ニューヨークのミュージカルを見慣れたファンたちが強く支持しているからであることが、よくわかった。逆に言えば、ミュージカルをほとんど見ていない人にとって、この作品がどれだけ楽しいかは疑問である。少なくとも、「初めてミュージカルを見る」という人には、「スパマロット」はお勧めしない。

タイトルの「Spamalot」の意味だが、直訳すれば「スパムがたくさん」ということになる。「Spam(スパム)」とはもともと豚肉の缶詰のことだが、現在では「スパムメール」として知られるように「迷惑メール」のことだ。なぜ迷惑な行為が「スパム」と呼ばれるようになったかというと、それは「空飛ぶモンティ・パイソン」の第25話「スパム・スケッチ」の中で、レストランにいる歌手たちが他の客の迷惑も顧みずに "Spam! Spam! Spam!" と歌い続けたことが語源となっている。以下のページに、その話が詳しく採録されている。

http://python-airways.cside.com/sketch/25-spamspam.htm

 コメディの常として「スパマロット」でも人種ネタが続出する。「スパマロット」では、ステレオタイプのイメージをうまく笑いのネタにしている。例えば、フランスの城をアーサー王が訪ねるシーンでは、場内から出てくるフランス人は、フレンチカンカン、パントマイムをする大道芸人、なにやら思慮深く考え込む男、といった具合だ。他にもアイリッシュネタ、ゴスペルをアレンジした黒人ネタ、ユダヤ人ネタと人種ネタ満載で、こうした点も人種のルツボに住むニューヨーカーたちにうけている理由と考えられる。

私が一番おもしろかった一曲は、「You Won't Succeed On Broadway (あなたはブロードウェイで成功できない)」である。アーサー王は、円卓の騎士の一人ロビンに「おまえは、ブロードウェイについて聞いたことがあるか?」と質問する。それに対してロビンがブロードウェイはどんなところかを説明するのがこの曲である。そのサビの部分を翻訳してみよう。

ブロードウェイでうまくやっていくためには

ブロードウェイで歌うためには

ブロードウェイでヒットしてトップになるためには、

そして失敗しないためには

私はあなたにお伝えします、アーサー王

最も重要なこと、それは

単純にユダヤ人でなければいけないということです

ユダヤ人でなければいけないのです

こんな具合だ。ブロードウェイにおけるユダヤ人の力の強さを風刺した曲である。

ここでニューヨークとブロードウェイとユダヤ人の微妙な関係につい説明しておこう。ニューヨークは、別名ジューヨーク(Jew York)と呼ばれるくらいで、ユダヤ人が非常に多く住む町である。ニューヨークの人口が800万人に対してユダヤ人人口は170万人ほど。この数は、イスラエルのテルアビブやエルサレムよりもはるかに多く、ニューヨークは世界で最も多くのユダヤ人が住む町である。

 そしてブロードウェイ、すなわちニューヨークのショービジネスもユダヤ人なしで考えることはできない。ニューヨークのショービジネスの源流をたどると、イディッシュ劇場にさかのぼれるという説がある。イディッシュ劇場とは、イディッシュ語を使った劇が上演される劇場のこと。イディッシュ語とは、東欧系ユダヤ人の間で話されていた言葉である。1800年代の後半から280万人を越える東欧系ユダヤ人が移民としてアメリカにやってきて、その多くはニューヨークに住みついた。彼らは貧しく娯楽というものはほとんどなかったが、故郷を懐かしみながらイディッシュ語の劇を楽しんでいた。やがてそれが劇場で演じられる形になったのが、ニューヨークのシアターのはじまりとも言われる。

 ブロードウェイのミュージカルの世界では、プロデューサーや作曲家の多くがユダヤ人である。音楽家で例を挙げれば、マックス・スタイナー、リチャード・ロジャース、オスカー・ハマースティン2世、ジェローム・カーン、アービング・バーリン、ジョージ・ガーシュイン、レナード・バーンスタイン。このように、ブロードウェイのミュージカルとハリウッドのミュージカル映画を作った作曲家、作詞家たちの大半はユダヤ人であった。

 さて、どうしてブロードウェイはこれほどまでユダヤ人の影響力が強くなってしまったのか。それは、ハリウッドにユダヤ人が多い理由とも同じである。映画やショービジネスが誕生した1900年代の初頭。映画やショービジネスは、下層階級の娯楽とみなされていた。そして、映画やショービジネスにかかわる人たちは卑しい人たちとみなされていた。職業差別である。したがって、金持ちの白人や上流階級の人たちは、映画やショービジネスに関わろうとしなかったし見向きもしなかった。そこに、ビジネスチャンスを見出したユダヤ人がうまく参入したということである。

 ニューヨークでミュージカルを見たり、高級レストランに行ったりする人。おそらく、これもユダヤ人が非常に多い。ニューヨークのユダヤ人は20%ほどだか、その他は黒人(25%)、プエルトリコ系、アジア系ガ多く、白人は少ない。ミュージカル見るのに80ドルもかかるわけだから、貧しい人は見られない。ミュージカルは、今や高級な娯楽であり、ユダヤ人の娯楽でもあるのだ。

 ニューヨークでミュージカルを見る人におけるユダヤ人の割合というのは、観客のかなりの割合に及ぶだろう。例えば昨年「屋根の上のヴァイオリン弾き」をニューヨークで見たが、ユダヤネタに対する客の反応などから推測して、観客の半分以上はユダヤ人だろうと感じた。ザックリ言ってしまえば、ニューヨークのミュージカルを作っているのはユダヤ人で、それを見に行くのもユダヤ人であるということだ。

 したがって、ユダヤ人観客の趣味に合わないミュージカルはヒットしないということである。そんな事情があるから、ブロードウェイのミュージカルには「屋根の上のヴァイオリンひき」のようにもろユダヤ的テーマを扱ったものや、「プロデューサーズ」「レント」や「ヘアスプレー」のように主人公をユダヤ人にしたものが多いということになる。ユダヤ人観客に対するサービスである。

こんなブロードウェイの裏事情を知っていると、「モンティ・パイソン スパマロット」を何倍も楽しめるのではないかと思う。ニューヨークに行っても見られるとは限らないのりで、是非シカゴでの上演中に見ていただきたい。



写真 Holy Grailという名のオリジナル・ビール

ビ―ルは聖杯に注がれて出てくる、といって「聖杯(Holy Grail)」と書かれたプラスチックのコップだけど・・・。ビールの味は結構よかった。

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