Kuni のウィンディ・シティからの手紙


著者略歴 馬場邦子

アメリカの通信社東京支局、及びシカゴ支局で金融をカバー。
サンノゼ・マー キュリー・ニュースの 東京支局長アシスタントを経て、フリーに。
主にジャパン・タイムズにアート・ レビューを執筆。
2002年2月より、シカゴ郊外アーリントンハイツに住む。

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          アメリカ郊外、都市の人々の孤独を映し出す画家
                  エドワード・ホッパー (1882−1967)



 アメリカという国は、雄大な自然に包まれながらも、1人でいるとどうしようも ない孤独感に陥る瞬間がある。そんな人々の心象風景を見事に捉えた20世紀を 代表するアメリカの画家、エドワード・ホッパー。シカゴ美術館所蔵のホッパー の油絵の代表作、「ナイト・ホークス(Nighthawks)」*は、うつろいゆく夜の 都会に住む人々の孤独の一瞬をあたかも映画の1コマのように切り取っている。 この「ナイト・ホークス」は、20世紀の文学、映画、音楽などさまざまな分野 で、繰り返し引用され、アメリカ文化を象徴するイメージとして、知らず知らず のうちに人々の目に焼きついている。しかし、ポップアートの旗手として有名な アンディ・ウオーホールや、抽象表現主義の代表作家ジャクソン・ポロックは、 日本でも広く知られているが、そのイメージを作り出した作者であるホッパーは 日本人にはあまりなじみがないかもしれない。

 その作品のインパクトが強いため、大きな作品かと思いきや、意外に小ぶりであ る。暗い緑がかったブルーの枠とそれに囲まれたカフェの明るいイエローの壁が 対照的で、都市の内側からの人口の光を思い切り浴びるような感覚に陥る。その カフェの中には、小粋な二人のカップルとコーヒーを入れようとしているウェイ ター。男の方に何か話しかけているようにも見える。手前にぽつんと1人の男が 座っている。カフェの前のショーウインドウは、真っ暗で、人通りはまったくな い。4人は、みんな目を合わせず、静かに都会の夜のひとときが流れる。これ は、ニューヨークのグリニッジ・ビレッジの一角を描いた1942年の作品だ が、シカゴ美術館に常設展示されていたせいか、当時のシカゴのダウンタウンで の1コマだと思ったほど、一種普遍的でもある。そのため、「ナイトホークス」は、日本経済新聞米州版の「アメリカで見る世界の名画ベスト20」で、シカゴ美術館所蔵のジョルジュ・スーラの大作、「グランドジャット島の日曜日の午後」の3位に続いて、5位にランクされているほどの人気作品である。(http: //www.nikkeius.com/htm/campaign/meiga.html)

 これは、ギャングスター映画やレイモンド・チャンドラーなどのハードボイルド 小説のセッティングやキャラクターからホッパーは触発されて生まれた一昔前の 作品だが、なぜか古めかしさは感じられない。シカゴのダウンタウンを題材にすることで有名な人気現代作家、スチュワート・ダイベックの代表作「ザ・コース ト・オブ・シカゴ」という1981年発行の短編小説集の中にもこの作品はでて くる。


Edward Hopper
"Nighthawks" (1942, oil on canvas)
84.1 x 152.4 cm
The Art Institute of Chicago
c 2008 The Art Institute of Chicago
 「ナイトホークス(夜鷹)〜夜ふかし」という短編で、職を探している若者が、 シカゴ美術館に息抜きで立ち寄り、明るい光を放つゴッホ、スーラ、モネの印象 派の作品群を回りながら現実逃避をするが、なぜかいつも最後、ホッパーの「ナ イト・ホークス」でふと我に帰る。小説の最後の部分、「でも僕の絵画めぐり は、いつも決まって、エドワード・ホッパーの「ナイト・ホークス(夜ふかしを する人たち)」の前で締めくくられた。

 たぶん、それら一連の絵画の輝きとバラ ンスを取るために、僕にはその絵の暗さが必要だったのだろう。ホッパーの絵の なかは夜である。食堂は暗い街角を照らし出している。そこから発しているとは 思えないほどくっきりした光で、カウンターに、三人の客が座っている。彼らは 何かを待っているように見える。何かがはじまるのをではなく、終わるのを。そ して僕にはわかっていた。目を開けたら、何の違和感もなく、僕もやはりそこで 待っているだろうと。」(「シカゴ育ち」p123より スチュアート・ダイ ベック作 柴田元幸訳 白水Uブックス)

 「彼らは待っているように見える。」とあるが、いったい何を待っているのだろ うか。自分自身の孤独から救い出してくれる何かか。それとも永遠に待ち続ける のだろうか。おそらく、ダイベックは、ホッパーの「ナイト・ホークス」に触発 されて、この珠玉の短編が生まれたのだろう。相反する絶望と希望、光と影、い つも突き放されているようでも、ぐいぐいと吸い込まれていくミステリアスなも のをかかえた魅惑的な都会の孤独をホッパーは表現する。かつて、若い頃の自分 もその中の1人だった。

 そしてそれが、アメリカでは、都市だけではなく、自然に囲まれた郊外にも孤独 が存在することをホッパーは絵画で表現した。ガソリンスタンド、モーテル、電 車、19世紀のビクトリア朝の家々などを好んで描いた。現在、シカゴ美術館で そのホッパーが活躍した1925年から1950年までの水彩、エッチング、油 絵などを含む作品90点の大規模な回顧展が開かれている。今まであまりに「ナイト・ホークス」という作品が有名なので、都会の風景ばかりを描いた画家かと 思っていたら、展覧会では、ホッパーが愛し滞在したニューイングランドの美し い海沿いの避暑地、グロースターの家々、メイン州の灯台、ホッパーの別荘が あったマサチューセッツ州のケープ・コッドの家々を描いた作品も数多く展示さ れている。澄み渡るようなニューイングランドの青空と光を浴びた真っ白の灯台 の純粋さが心に染み入る。( 「Lighthouse Hill, 1927」)

 会期後半の月曜日にホッパー展を観にいったのだが、水彩画の巨匠、ウンス ロー・ホーマー展と同時開催なので、この2つの特別展のチケットを買うのに長 い列ができて、入るのにかなりの時間を要した。私が、「デッサン2」のクラス を取っているハーパー・カレッジのアート・ディパートメントも2月末に「ペイ ンティング・クラス」のフィールド・トリップとして、このホッパー展を教授たちが学生を連れて見に行っている。

 その中の1人、ハーパー・カレッジのアシスタント・プロフェッサー、ペリー・ ポロック氏は語る。「ホッパーの作品は、30年代から40年代のアメリカの文 化を見事にとらえている。なんの変哲もない都会の日常生活のプライベートな孤 独な空間を、盗み見るような手法で表現した。」窓から差し込む朝の光を浴びな がら、都会のアパートの一室にたたずむ裸の女。(「Morning in a City, 1944」) 

 豪華な映画館の通路にたたずむ黒い衣装の細身の女は、悩 み事をかかえているかのように手を頬にあて、そこだけ時間が止まっている。上 映されている映像や観客と隣合わせながらも、まったく異質の彼女だけの不思議 な空間をかもし出す。(「New York Movie, 1939」)

 窓から見 える二人の夫婦。仕事から帰って、新聞を見ながらくつろぐ男。妻は、ピアノの キーを押しながら、長い夜をどうしようかと考えている。やはり、同じ空間にい ながらも、二人の視線は交差せず、関係が孤立しているのを示唆する。 ( 「Room in New York, 1932」)

Edward Hopper
"Room in New York" (1932, oil on canvas)
73.7 x 91.4 cm
University of Nebraska - Lincoln
c 2008 The Art Institute of Chicago


Edward Hopper
"Early Sunday Morning" (1930, oil on canvas)
89.4 x 153 cm
Whitney Museum of American Art, New York
c 2008 The Art Institute of Chicago
 今回のホッパー展の出展の中で、ポロック氏の一番のお気に入りの作品は、 「Early Sunday Morning, 1930 」。その当時のアメ リカ経済の成長とともに、人々が各地に散らばり、個人主義が強調された時代を 色濃く反映していると言う。経済の繁栄からもたらされた華やかな「ジャズ・エ イジ」と呼ばれた1920年代のアメリカが、1929年の株価暴落で人々を追 い詰める。

 人々の心に広がる空虚感とともに、古きよき時代への郷愁。小さな町 の大通りの日曜日の早朝の茶色のいくつもの店舗を持つ横長の建物は、電車の客 車の窓のように同じパターンが繰り返される。

 ゴーストタウンのようにまったく 人気がなく、消火器や理髪店の象徴である赤と青の縞が入った円柱の長い影とひ そやかな風のみ存在する。理髪店は、その当時人々がクラブのように集い、社交 の場でもあったという。ホッパーの絵がアメリカ人に人気なのは、「アメリカ人 が、そこに強いノスタルジーを感じるのではないか。」とポロック氏は強調す る。片側から差し込むホッパーの光の表現も孤独なムードを盛り上げているとい う。ニューヨークのような都市の象徴である、縦の視点から見た摩天楼群は描か ず、水平なアングルで、どこにでもあるような横につながるお店を好んで描いた。

 ホッパーは、1882年にニューヨーク州の造船業で栄えたナイアックに生ま れ、1899年からニューヨーク美術学校でイラストレーションを学び、 1901年から1905年までペインティングを学ぶ。1906年に10ヶ月ほ どヨーロッパに滞在し、帰国後イラストレーターとして働く。イラストレーター の仕事は、ホッパーは好きではなかったが、40代になるまで、ホッパーの絵の 才能はなかなか認められなかった。ホッパーは、踊り子などを描いたフランスの 画家、ドガに影響を受けているというが、ヨーロッパの印象派等の絵画から脱却 し、アメリカ人による独自のリアリズム絵画を追求した。背が190センチ以上 の長身で、無口な人だったという。映画、劇、文学などを好んで、1913年か ら1967年、84歳で死ぬまで、ニューヨークのグリニッジ・ビレッジの同じ アパートに妻と共に住んでいた。展覧会の入り口の大きなホッパーの写真を見る と、アーティストというよりも、人を寄せ付けない厳しい孤高の大学の教授のよ うな雰囲気がある。

 ホッパーの絵画の世界は、人気のない街角でも、まるでアメリカ文学の挿絵のよ うで、そこから孤独な主人公がふらっと現われそうな気配もする。「Drug Store, 1927」や「New York Corner or Corner Saloon, 1913」の作品を1900年シカゴを舞台とした「シスター・ キャリー」を書いた自然主義の代表作家、セオドア・ドライサーが小説の中で描 くようなお店やサロンだとシカゴ・トリビューンが言い当てている。(4月27 日付シカゴ・トリビューン誌、アート&エンターティンメント・セクション) ホッパーの作品を見ていると、私たちも古き良きアメリカを旅しているような感 覚に陥る。エドワード・ホッパー展はシカゴ美術館で、5月10日まで開催中。(The Art Institute of Chicago "Edward Hopper")

*「ナイト・ホークス(Nighthawks)」: 直訳は、「夜鷹」だが、このホッ パーの絵のタイトルとしては、「夜勤労働者」、「夜ふかし」などさまざまな訳 がある。
      
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