Kuni のウィンディ・シティからの手紙


著者略歴 馬場邦子

アメリカの通信社東京支局、及びシカゴ支局で金融をカバー。
サンノゼ・マー キュリー・ニュースの 東京支局長アシスタントを経て、フリーに。
主にジャパン・タイムズにアート・ レビューを執筆。
2002年2月より、シカゴ郊外アーリントンハイツに住む。

ブログ


バックナンバー
     シカゴ・トリビューン紙フォトグラファー、高橋邦典氏
           シカゴ日本人学校にて、中学生に平和学習講演会を行う



 2月20日、アーリントンハイツ市にあるシカゴ日本人学校全日校は、シカゴ・トリビューン紙で活躍する日本人フォトグラファー、高橋邦典氏を招き、高橋氏が撮影したイラク戦争の写真を通して、従軍カメラマンとして体験した現代の戦争を中学部の生徒たちに伝えるという平和学習講演会を開催した。今回の講演会は、去年の12月、高橋氏がトリビューン紙の取材で、日本人学校の子供たちを撮影したことがきっかけで、実現した。(2007年12月29日付トリビューン紙) 

 高橋氏は、1989年に渡米後、AP通信ストリンガーを経て、8年間ボストン・ヘラルド紙、そして2004年からトリビューン紙のカメラマンとして、アフリカの内戦やイラク戦争など危険な地域での撮影を果敢に行い、危機迫る戦争をさまざまな角度からとらえ、その功績で、カメラマンとして数々の名誉ある賞を受賞している。

 アメリカのメディアに属し、戦争を撮影した日本人報道写真家というと、ベトナム戦争の撮影で活躍し、世に有名な「安全への逃避」という作品でピューリッツア賞を受賞し、取材中狙撃され、34歳の若さで亡くなった沢田教一が有名である。

 その沢田教一に憧れ、報道写真家になったという高橋氏は、イラク戦争での撮影で、2004年、その「沢田教一賞」も受賞している。

沢田教一賞を受賞した写真

 高橋氏が撮影したイラク戦争の写真は、2003年12月に出版された「ぼくの見た戦争 2003年イラク」(ポプラ社)という子供向けの写真集におさめられている。この本は、2003年イラク戦争が開戦してから、高橋氏が戦争に関して率直に感じたことや、イラクの人々あるいはアメリカ兵への思いをわかりやすい言葉で書かれている。

 ドキュメンタリータッチで描かれた臨場感溢れるアメリカ兵の職務を遂行する確固とした表情と、対照的な素朴なイラクの人々のなんともいえない悲しみの表情が、私たちの心に戦争の無意味さを語りかける。と同時に、寂寥とした中東の砂漠でしか味わえないような穏やかでくっきりした青空や、オレンジ色の光を放つ妖しげな太陽が、殺伐とした雰囲気を和らげ、アーティスティックな作品にも仕上がっている。

 本の中で、イラクの自然の美しさを強調しながら、戦争の根源を問う場面が印象的だ。「戦争や貧困で人びとが苦しんでいる地域でいつも思うのは、空や海の色がとても澄んでいるということ。住人の悲惨な生活環境とくらべるから、とりわけ空がきれいに見えるのか?それとも美しく豊かな土地だったからこそ、戦争にさらされることになったのか?」(「ぼくの見た戦争 2003年イラク」p13より)この本は、2004年、「日本絵本大賞」を受賞している。

 高橋氏の講演は、この写真集での写真を大きくスライドに映し、本に沿って生徒たちに文を朗読させながら、開戦前後の緊迫した状況を順を追って詳しく説明した。

 黒いざっくりとしたセーターにアーミーっぽいズボンというラフな格好で現われた高橋氏。

 戦地に赴く報道写真家というと、いかつい厳しい人を生徒たちも想像していたかもしれない。

 しかし、温和な目に優しい雰囲気をたたえた高橋氏は、最初から気さくに27人の生徒たちに語りかけた。

 高橋氏は、2003年の開戦以来、7、8回と毎年イラクに取材しに行っていると前置きして、最初に「従軍カメラマン」の持つ意味と役割を生徒たちに詳しく説明した。従軍カメラマンとは、軍の中に取り込まれて、軍の兵士と一緒にパトロールや前線に行ったり、生活をしながら、取材するという形で、それが、当時氏が所属するボストン・ヘラルド紙からの命令だった。1人で独立して取材すると敵か味方かわからないので、どちらの軍にも打たれる可能性があり、非常に危険であるからだという。アメリカ軍がジャーナリストを従軍として同行させたのは、ベトナム戦争以来だという。

 高橋氏は、そのときの正直な気持ちを告白する。「僕は、本当は(従軍カメラマンになるのは)いやだった。なぜかというと、独立してれば、イラクの人たちの視線でものが見れて、アメリカ軍の状況も(客観的に)見れる。軍と一緒に生活していたら、どうしてもアメリカ側に片寄ってしまう。イラクのことやイラク人のことは正確にわからないのがいやだった。」この言葉は、私たちのように戦争を遠くから見つめる者にとっては、衝撃的である。従軍カメラマンという立場だけでも十分危険な職務であるのに・・・アメリカのメディアで働いているからしかたのないことだが、「いやだ。」と自然に思う中立な立場の日本人の一ジャーナリストとしての高橋氏の苦悩がみてとれる。勿論アメリカ人のジャーナリストもそう感じるだろうし、真のジャーナリストとはそうあるべきなのだろう。

 高橋氏は、スライドを見せながら、開戦前、10時間以上もすごい騒音と振動のせまい装甲車に砂漠の中を揺られ続け、熱で汗だくになって、体がきつかったことや、砲弾の爆発による破片から身を守るために地面に45分かかって穴を掘り、体を隠すために身を横たえたことなどをまず話した。また、3メートル先も見えないぐらいのすさまじい砂嵐で、息を吸ったら砂が入ってきてしまうので、車の中に閉じ込められたという。「神様がいるとしたら、戦争をすることに意味があるのかと砂嵐が言っているんじゃないか。」とその時考えたという。 

 戦闘が始まってから、犠牲になったイラク兵やアメリカ兵のショッキングな死体が映し出された写真を見て、自分たちで本の中の非現実的な描写で彩られた言葉をかみしめながら、生徒たちは彼と共に、2003年のイラク戦争の真っ只中にいるようなリアルな瞬間を感じとっていたかもしれない。それほどの強烈なイメージが次から次へと目と耳に飛び込んでくる。味方の砲弾があやまってアメリカ兵を襲い、2名の死者がでたとき、近くの別の場所で幸運にも命拾いをした高橋氏は、「一瞬の運で、命までもが左右されてしまうのが、戦争だと初めて実感した。」とその時の模様を淡々と話した。

 次にスライドは、バグダッド市民たち、女性、子供たちが家を追われる絶望的な姿を映し出しだす。

 アメリカ兵が、イラク兵や武器の捜索で、普通の人の家を捜索するのに、ズカズカと土足で入っていく。

 高橋氏は、「そんなアメリカ兵の仲間と見られるのがいやだ。」と正直に思ったという。 

 そして、フセイン政権が倒された翌日から、ついに高橋氏は、バグダッドでアメリカ兵から離れ、独立して取材をし始めた。市内の混乱に乗じて、市民たちが、オフィス、病院、避難してでていった空き家などから物を略奪し始めたという。イラク人の通訳が、自分と同じ国民がこんな風になってしまったことに対して、嘆き悲しんで、涙を流していたという。「ここはぼくらの国なのに・・・。ぼくらのまちなのに・・・。なぜこんなことになってしまったんだ!?」(「ぼくの見た戦争2003年イラク」p45より)

 高橋氏は、家が破壊されて泣き叫ぶおばさんがいたり、大きな怪我を負った子供たちの姿を見て、初めて砲弾されたらどうなるかを実感する。「砲弾を撃つ人は、こういうおばさんや子供たちの顔が見えないわけです。テレビゲームのスイッチを打つようなもの。ここまで頭が回らない。そこが戦争のすごくこわい所だと思いました。」と力を込めて語った。今年までに戦争の犠牲になったイラク市民の数は9万人近くで、米兵の死者数約3900人という。

 高橋氏は、戦争が終わった後の2003年以降の、その後のイラクの状況もアメリカ兵とイラク兵の写真を交えて報告してくれた。2004年ぐらいから、治安が悪くなり、外国人が誘拐されるケースが増え、自由に取材できなくなり、今でもイラクに行くたびに、アメリカ兵に従軍しなくてはいけなくなったという。それでも、バグダッドが去年から増兵で、だいぶ治安は良くなっているという。「重要なことは、イラク軍がどれだけ自分の手で治安を維持できるかにこれからのイラクはかかっている。」という。

 最後の方で高橋氏が見せたスライドで印象的だったのは、去年の10月、容疑をかけられた男を逮捕したとき、その男の妻と子供は、「何も悪いことをしてないのに、どうして主人が逮捕されるの!」と泣きながら二人が懇願している表情を切り取った決定的瞬間だ。この男は、結局無罪になったらしいが、このように、家をアメリカ兵とイラク兵で捜索して、アルカイダや爆弾を作った容疑の者を逮捕しに行くという。しかし、あまり成果は上がっていないという。そうして、2006年から「(この)戦争はおかしい。」「何でここにいなくちゃいけないんだ。」とこの戦争の必要性を問うアメリカ兵が多くなったという。

 講演の最後に、「皆さんに言いたいことがある。」と生徒たちに前置きして、高橋氏は、日本の戦争をしないという憲法9条を変えようという最近の動きに対して、「実際に戦場に入った人間として、反対する。」ときっぱりと言った。小泉前首相がサマワに人道支援として自衛隊をだしたことを引き合いにだして、「いくら人道支援と言っても、実際にそういう場所に行ってしまえば、ここは非戦闘地域、ここは戦闘地域という境界線はないんです。どういう形であれ、自衛隊や日本人が出ていけば、撃たれる可能性があり、撃たれたら、撃ち返してその国の人を殺さなければならない。そうなってしまうと軍隊と変わらない。」と生徒たちに切々と訴えた。イラク人は日本人の経済力を尊敬し、日本人がすごく好きだという。「日本は今まで中東に対して、侵略してないし、攻撃もしてなく、いい関係を結んでいた。日本はいくらでも経済的支援ができるはずだから、自衛隊を送ったりすることで、関係を悪くすることはない。」と続けた。「(憲法9条改正)そういう動きがでれば、ちょうど君達の世代に影響する。そういうことを少しでも考えてもらえば、イラクで起こっていることも他人事ではなく、よく知っておいてもらいたいと思います。」と結んだ。 

 生徒たちは、高橋氏が撮影した写真と説明で戦争の悲惨さと怖さにショックを受け、戦争の無意味さ、そして平和の大切さを真摯に受け止めた。「戦争をしたアメリカはなぜこんなに裕福で平和なのか不思議に思った。」と何人かの生徒たちが作文に書いている。また、イラクとアメリカ両方の視点から話が聞けたことを大事にし、イラク市民や子供たちの悲しみや苦しみに気持ちをはせて、自分たちの境遇が平和であることを幸せだとかみしめている。

 「私達は世界のあらゆる不幸から目を背けてはいけない。人の死と正面から向き合い、そこから学ばなければならない。」「広い視野で物事を正確に見ていき、僕らの世代で世界平和を実現できたらいいと思っている。」「平和の中で平和のために何かをしていきたいです。」と決意した生徒が多かった。高橋氏が命がけで、子供たちに伝えようとしたことに対して、その勇気をたたえ、「今回の講演会はこれからのことを考えていく良い機会となった。」「今日の講演会は絶対に忘れずに生きていきます。」と心から感謝している。

 常に生と死が隣合わせという場所に志願して行くことに対して、高橋氏は、「自分が生きていることを実感できるから。」と言う。我々常人には、そのようなストイックな生き方を理解することはむつかしい。ただ、沢田教一のようなベトナム戦争を撮り続けた過去の報道カメラマンのように、一旦その生き方にのめり込むと、危険とわかっていても、磁気のようにその中に吸い込まれていくのだろう。正義感を伴って真実を伝えるという強い使命感と共に。今回の講演で、高橋氏は、一貫して、温和な表情だったが、時折みせる一瞬無表情な目に、数々のむごたらしい戦争での生と死を見て、それをかいくぐってきた人間にしか養われない、何事にも動じない精神力の高さを垣間見たような気がした。そして、私たちは、彼の写真を通して、ニュースの真実を知り、そのストイックな生き方を学ぶことで、子供たちのように自分たちの生き方も見直せるのではないか。高橋邦典という1人の日本人のカメラマンは、これからもドラマティックな写真で私たちの心を揺さぶり続けるだろう。


高橋邦典氏経歴

1966年宮城県生まれ。シカゴ・トリビューン紙のスタッフ・フォトグラファー。1996年度、2003年度ボストン報道写真家協会フォトグラファー・オブ・ザ・イヤー受賞。1999年度、2000年度ボストン報道写真家協会年間コンテスト、ニュース部門第1位受賞など数々の賞を受賞。2004年、「ぼくの見た戦争 2003年イラク」(ポプラ社)で第9回「日本絵本大賞」受賞。シカゴ在住。

ウェッブサイト: http://www.kuniphoto.com  
ブログ: http://blog.goo.ne.jp/kuniphoto/


その他著作本: 「戦争が終わっても--僕の出会ったリベリアの子どもたち」(ポプラ社)
世界中の息子たちへ」(ポプラ社、詩:堤江美、写真:高橋邦典)

「戦争が終わっても--僕の出会ったリベリアの子どもたち」は、アフリカのリベリアの内戦が終わって、心も体も傷ついたさまざまな子供たちが必死に生きていることを綴った手記である。13歳の少年モモは、少年兵となり、2人の捕虜を殺した。モモは、学校に行くお金がないので、肉体労働をして小遣いをかせぐ。みなしごになったギフトは、見知らぬ人に引き取られ、奴隷のようにこきつかわれる。ギフトが流す涙が、私達の目頭を熱くする。小さい頃、砲弾の破片で右手を失ったムスは、神様にお祈りをしながらも、底抜けに明るい表情をしているみんなの人気者。そんな姿がけなげでいじらしい。どんな悲惨な状況でも、リベリアの子供たちは、生きる希望を失わない強さを持っていることを写真が語っている。そんな子供たちを知った私たちが逆に元気付けられる。


日本国憲法 第2章 戦争の放棄

第9条

@ 日本国民は、正義と秩序を基調とする国際平和を誠実に希求し、国権の発動たる戦争と、武力による威嚇又は武力の行使は、国際紛争を解決する手段としては、永久にこれを放棄する。

A 前項の目的を達するため、陸海空軍その他の戦力は、これを保持しない。国の交戦権は、これを認めない。


記事: 馬場邦子 / 写真: 藤河 信喜
*イラク写真: 高橋 邦典

      
                             バックナンバー


ホーム | 初めての方へ | お問い合わせ | 投稿者&ライター募集中! | 規約と免責事項 | 会社概要

Copyright (c) 2005 US Shimbun Corporation. All Rights Reserved.