Kuni のウィンディ・シティからの手紙


著者略歴 馬場邦子

アメリカの通信社東京支局、及びシカゴ支局で金融をカバー。
サンノゼ・マー キュリー・ニュースの 東京支局長アシスタントを経て、フリーに。
主にジャパン・タイムズにアート・ レビューを執筆。
2002年2月より、シカゴ郊外アーリントンハイツに住む。

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        日本人メジャーリーガーと在米日本人
   〜シカゴの日本人メジャーリーガー、井 口選手から福留選手へ



  去年の12月19日に福留孝介選手のシカゴ・カブス入りが発表されると、シカ ゴ在住の日本人たちは熱狂したが、カブスファンのアメリカ人たちも歓声を上げ ていた。 次の日のテレビのニュースでは福留選手の記者会見の模様を映し出し、 シカゴ・トリビューン、ディリー・ヘラルド、シカゴ・サン・タイムズなど主要な新聞も 福留選手を大きく取り上げ、地元のアメリカ人のカブスファンは1908年以来 のワールドチャンピオン獲得に貢献できる選手として、福留選手を大歓迎してい る。

 シカゴ郊外のベースボール・アカデミーの経営者のデイブ・マンデル氏は、「い つフクドメをうちによんでくれるのかい?」と次の日早速冗談をとばし、熱烈な カブスファンのアル・グールド氏は、「父の代から、僕たちはずっとカブスが ワールドチャンピオンになるのを待ってきたんだ。 フクドメがきて、カブスが 100年ぶりのワールドチャンピオンになる可能性がある。」と興奮と喜びを隠 し切れない。

  シカゴダウンタウンの北に位置する歴史のあるリグレー・フィールドを本拠地と するカブスは、白人ファンが多く、対照的にダウンタウンの南に位置するUSセ ルラーフィールドを本拠地とするシカゴ・ホワイトソックスのファンは、黒人、 スパニッシュ、アジアンなどさまざまな人種で形成されている。カブスは、大 リーグ屈指の人気球団でもあるため、試合のチケットもとりずらいので、そのブ ロック塀にツタのからまる美しい、アメリカで2番目に古く歴史のあるリグレー を横目に、日本人の私としては、なんだか近寄りがたい雰囲気があった。 しか し、福留選手の加入で、私たちとカブス、あるいはリグレーとの距離がぐっと近 づくであろう。  また、日本人の間で(勿論アメリカ人にもだが)絶大な人気のあったホワイト ソックスの井口資仁選手が、去年の7月末電撃トレードでフィリーズへ移籍して 以来、我々シカゴ在住日本人たちは、気が抜けてしまったような感じで、日本人 メジャーリーガーがシカゴの球団に入ってくるのを心待ちにしていた。

 イチロー 選手や松井秀喜選手など他の日本人メジャーリーガーの活躍を観るのは、日本人 として、勿論楽しみの一つではあるが、やはり、地元に誇らしい日本人メジャー リーガーがいてほしい。 シカゴにきた日本人メジャーリーガーは、2004年にホワイトソックスに移籍 した高津臣吾選手が最初だった。 USセルラー・フィールドに高津選手がクロー ザーとして現われたときは、大迫力のドラの音が音楽と共に球場中になり響き、 大画面に高津選手のさまざまな映像が映し出される派手な演出に度肝を抜かれ、 「シンゴ!シンゴ!」と応援する多くのアメリカ人を目の当たりにした。 1人の 日本人がこれほどの影響を与えているといううれしさに、体中が震えたほどだ。  高津選手がホワイトソックスで活躍した時期は、短かったが、メジャーでもあま り見かけないサイドスローの投げ方がよほど印象に残っているのか、いまだに 「シンゴが好き。いいピッチャーだった。」というアメリカ人のファンもいる。

  そして、シカゴ在住の日本人たちに日本人メジャーリーガーの存在の意義を決定 付け、大きな夢を与えてくれたのが、井口選手。 2005年、入団一年目から、 井口選手の活躍が原動力となり、ホワイトソックスがワールドチャンピオンに なったときの熱狂と興奮は、忘れられない。 私も井口選手がいた去年までは、 シーズンが始まると、毎日テレビのチャンネルをホワイトソックスの試合に合わ せ、家事をしながら、井口選手の打席だけはテレビを注視して応援し、一喜一憂 する日々だった。 アメリカ人の友達にも井口ファンは多く、そのバッティングセ ンスを褒められたとき、あたかも自分たちが褒められたかのようにうれしかっ た。

 地元のリトルリーグでプレーする息子も、日本人メジャーリーガーたちの活 躍のおかげで、日本人ということで、ある種の威圧感もあるようで、警戒されて いるような感も少しある。  井口選手は、2006年にシカゴ日本国総領事から、日米の相互理解及び友好親 善に寄与したということで表彰され、シカゴ日本人学校で講演と野球教室をし、 去年の5月シカゴ日本人学校の生徒たち全員をUSセルラー・フィールドへ招待 した。 また、去年の4月には、シカゴで心臓手術を受けた井口ファンの13歳の 日本人の少年を見舞って激励し、支援者に寄付をし、ヤンキース戦に招待してい る。 シカゴの球団で活躍する井口選手が、いわばシカゴ日本人コミュニティの正 の象徴のような存在になっていったような気がする。  とくに私たちのような野球が好きな在米日本人にとって、日本人メジャーリー ガーの存在は、誇りにすると同時に、日々のアメリカ生活の心の大きなささえに なっている。

 井口選手のトレードのニュースが飛び込んできたとき、私たちは呆 然とし、めったなことで泣かない息子は、1人こっそり、涙をぬぐった。 それほ ど、知らず知らずのうちに井口選手の存在は大きくなり、 私たちの精神的な心 のささえであったといえる。  しかし、福留選手のカブス加入で、来季は、リグレー・フィールド(チケットは 争奪戦になるであろう)やテレビでカブス戦を応援する楽しみができた。 在米日 本人家族の大きな楽しみの一つは、さまざまな球場で、日本人メジャーリーガー たちの活躍を観ることだろう。 うちの家族は、おとどしから、日本人メジャー リーガーのデビュー戦を見にあちこちの球場の開幕戦にでかけている。 

 2006 年4月は、シアトルのセーフコ・フィールドでの開幕戦、マリナーズの城島健司 選手の鮮烈なホームランデビューを目撃。 去年は、カンザス・シティのカウスマ ン・スタジアムで、松坂選手のメジャーデビュー初勝利を観戦できた。 このと き、日本人の友達の3家族もシカゴから観に行っていた。 この日、きっと多くの 在米日本人家族たちが、この球場で祈るように応援していたことだろう。 この時 期、知り合いのもう1家族は、雪が降りしきる中、はるばるクリーブランドま で、マリナーズの開幕戦を観にでかけた。 残念ながら、中止だったという。 去年の5月の始め、ニューヨークのヤンキー・スタジアムを初めて訪れたとき、 かつて息子と仲の良かった友達とその父親に偶然泊まっていたホテルで鉢合わせ した。 

 その友達とは、数年前、シカゴからドイツのデュッセルドルフへ引っ越し て以来の再会であったので、本当に驚いた。 その父親、斉藤昇氏によると、毎年 ヤンキー・スタジアムで、ヤンキース戦を観に来ているという。 お互いの息子た ちが、同じ55番の背番号のヤンキースのシャツを兄弟のように着て、ヤンキー スタジアムに向かうのをほほえましく見ながら、斉藤氏は、「毎年松井のプレー を観るのは、私のライフワークなんです。」とまで言い切った。 斉藤氏は、松井 選手がアメリカでもこつこつ「努力する」姿を海外でまじめに働くサラリーマン としての自分にダブらせている。 そのとき、日本人メジャーリーガーたちが、本 当に海外にいる多くの日本人たちの心のささえになっていることを痛感した。 今

 年は、またまた新しい日本人メジャーリーガーがアメリカのあちこちの美しい 天然芝の上で、活躍するだろう。 サンディエゴ・パドレスに移籍した井口選手 は、きっとサンディエゴの日本人コミュニティの話題の中心になるだろうし、私 たちシカゴ在住の日本人たちは、カブスの福留選手の一挙手一動を息をこらして 見守っていくだろう。 私たち野球狂の家族をいつもワクワクさせてくれる勇気あ る日本人メジャーリーガーたちの挑戦に乾杯!



      
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