SHOKOのシカゴ郊外の町から


著者略歴 長野尚子

イリノイ州在住フリーライター。
2001年、大手出版社の制作ディレクターを退職後、単身アメリカへ留学。
その後帰国し子育て関連誌の編集者を経て、結婚を機に 2006年3月より再びカリフォルニア州バークレー市へ。
主に教育・子育て、国際文化交流をテーマに人脈を広げながら執筆活動中。
2007年10月より、研究者である夫の仕事の関係でシカゴ郊外に移る。
趣味・特技はJazz(ピアノ&ヴォーカル)、剣道(四段)。好きなことは食べることと飲むこと。
バークレーでの3年間の留学生活を綴った「たのもう、アメリカ。」(近代文芸社)発売中。


バックナンバー
            シカゴ・ブルースが青森を熱くした3日間。
        “第10回Japan Blues Festival” 密着レポート。

(*ENGLISH)

シカゴ市と青森市の民間交流として始まった“ジャパン・ブルース・フェスティバル”(以下“JBF”と略)が、今年で10周年の節目を迎えた。この記念すべき日を目に焼き付けるため、7月18日、シカゴから出演するブルースミュージシャンと共に私は灼熱のシカゴから青森へ飛んだ。これは3日間の熱い“ブルース日記”である。(なお、JBFの成り立ちに関してはこちらを参照ください。)



 今回JBFに招かれたのは、シカゴを代表する以下2組のバンド。
“Koko Taylor's Blues Machine(ココ・テイラーズ・ブルース・マシーン)”。3年前に惜しくもこの世を去った“ブルースの女王”、ココ・テイラーを長きにわたり支えてきたブルース・マシーンが、ヴォーカルにココの後継と目される歌姫チック・ロジャースを迎えて4年ぶりに再結成するという、今年の“シカゴ・ブルース・フェスティバル”の再現となる。
 
 そして、今シカゴで最も旬なブルースバンド “The Lurrie Bell Blues Band & Special guest Matthew Skoller(ルーリー・ベル・ブルース・バンド&スペシャルゲスト/マシュー・スコーラー)”。今“ゴスペル・ブルース”を歌えるのはこの人しかいないと言われるルーリー・ベル(彼の父は、第1回JBF(2003年)に出演した有名なブルース・ハーモニカ奏者の故ケアリー・ベル)。今回は、ルーリーのよき理解者であり新譜『The Devil Ain’t Got No Music』のプロデューサーでもあるハーモニカ奏者、マシュー・スコーラーをゲストに迎えてのスペシャルバンド。この2組を同時に見ることはシカゴでもまず難しい。まさに10周年にふさわしいドリーム・バンドだ。


7月19日 (Day1)
 昨夜遅くに青森入りした計10人の大所帯は、疲れも見せずにさっそく朝から精力的にスケジュールをこなしていく。メンバーの中には、スペインでの公演を終え帰国後、自宅にも寄らずに直接日本入りした人も。ブルースマンはタフでなければ生きていけないのだ。


(左)テレビ青森の朝の情報番組に、今日のイベントに参加する2組のバンドから代表2名ずつが出演し
「スゥィート・ホーム・シカゴ」を生演奏。 (右)その後、青森市役所へ鹿内市長を表敬訪問した。


 そして一行が向かったのは、今日のライブ会場である“山のステージ”(道の駅 なみおかアップルヒル特設会場)。深い緑に囲まれた、蝉の声がこだまする風光明媚な田舎の道の駅。駐車場の特設ステージの前には地元の名産品・地酒や焼き鳥などの屋台が並び、いかにも田舎の夏祭りといった雰囲気を醸し出している。ここで本当にシカゴ・ブルース?人は集まるのか?とふと不安がよぎるものの、大都会にはない風情があってこれもまた一興。そもそもブルース自体、小さな黒人コミュニティーで歌い継がれてきたものだし、むしろ本来の姿に近いのかもしれない。

 ライブに先立ち、今回特別ゲストとしてシカゴから招かれた、元シカゴ市長室スペシャルイベント部門ディレクターのバリー・ドリンズ氏が挨拶に立つ。
 今や世界最大のブルース・フェスとして知られる“シカゴ・ブルース・フェスティバル”の生みの親でもあり、シカゴのミュージシャンから絶大な信頼を寄せられているバリー氏は、JBFの開催にあたっては第1回から全面支援してくださっており、彼の協力なしではこの日は迎えられなかっただろう。

  午後6時、“ルーリー・ベル&マシュー・スコーラー・バンド”によってフェスティバルの火ぶたが切って落とされた。長い長い旅路の末にやっと音を出した彼らのすさまじい演奏に、いきなり全身鳥肌が立つ。道の駅がシカゴの公園に変わった瞬間だった。場所がどこであれ、全力で自分たちの音を出す。彼らこそ真のプロなのだ。


Lurrie Bell(Vo,Gt) ルーリー・ベル  
Willie Hayes(Ds) ウィリー・ヘイズ
Felton Crews(B) フェルトン・クルーズ
Bill Sims Jr.(Key) ビル・シムズ・ジュニア
Matthew Skoller(Harp) マシュー・スコーラー
    タコ焼き屋台とシカゴ・ブルース。“日本の夏祭り
     ここにあり”的な、このリラックス度がたまらない

 続いては、“ブルース・マシーン”。Shunの、ヴィノのギターが静かな森の中に炸裂、メルヴィンとブライアンが確実にビートを刻む。観客もたまらずステージ前で踊り出す。老いも若きも、浴衣姿のおねぇちゃんも、屋台のおばちゃんも、その場でステップを踏み始める。
 会場の興奮が最高潮に達したのは、歌姫、チック・ロジャースが登場した瞬間だった。昨日からのハードスケジュールで幾分ぐったりして口数も減っていた彼女だったが、いったんステージに立つと形容しがたいオーラを放って観客ひとりひとりをわしづかみにしていく。1か月前にシカゴで見た、3万人を前にしたパフォーマンスとなんら変わることはなかった。
Shun Kikuta(Vo,Gt) 菊田俊介
Brian T Parker(Ds) ブライアン・T・パーカー
Vino Louden(Vo,Gt) ヴィノ・ラウデン 
Melvin Smith(B) メルヴィン・スミス 
Chick Rodgers(Vo) チック・ロジャース


◆7月20日 (Day2)


 今日から2日間の会場となるのは“海のステージ(安潟ステージ)”。すぐうしろに広がる青い海、青い空が目にすがすがしい。この日の気温は17℃、乾いた海風のせいで体感気温はさらに低く、むしろ寒いくらいだ。
 
 女性ギタリスト・ヴォーカルのNacomi率いる“Nacomiバンド”の元気なオープニング・アクトに続いて、“ルーリー・ベル&マシュー・スコーラー・バンド”のステージが始まった。

 この日のセットは、ルーリーの最新作『The Devil Ain't Got No Music』をフィーチャーした全編アコースティック・バージョン。ルーリーの太く通る声が海風のなかをまっすぐに響き渡っていく。幼少のころから父のもとで音楽を学び、7歳にしてすでにプロのミュージシャンとして活動してきた彼が歌うのは、“ゴスペル・ブルース”。


 アメリカの教会ではブルースは長い間“悪魔の音楽”として疎まれ、歌うことを禁じられてきたため、彼らはゴスペルを歌いながら心の中でブルースを歌っていたという。彼の歌声は、心の奥深くに溜めこまれているものが泉のごとく湧き出し、圧倒的なパワーをもって聴く者に迫ってくる。リズミカルなナンバーで盛り上がった昨日とはうって変わって、会場も静かに厳かに彼らの世界に聴き入っている。それはきっと、地元青森の人たちの中にも、同じような“ソウル”が流れているからかもしれない。

 出番を終えた出演者たちの楽しみといえば、会場内をぶらぶらしながら“お祭り”の雰囲気を楽しむこと。いわゆるプロモーターという人たちが介在して何もかもを仕切りたがる都会のフェスティバルとは、会場との一体感が全く違う。ミュージシャンが地元の人たちと気軽に言葉を交わし、写真に納まり、焼き鶏を片手に好きな日本酒をぐいぐい飲りながら次のパフォーマンスを会場から見守る。
このような境界線のなさは“市民祭り”にこだわり続けたJBFだからこそ実現できたものだろう。そういう意味でもこのイベントはアメリカのフリー・フェスティバルに限りなく近い。

 観客席からステージにひとりじいっと見入っていたルーリーがこうつぶやいた。
「このフェスティバルはいいね。僕はとっても好きだな」
ブルースマンは日本酒がお好き。こんなゴキゲンな顔が見られるのも青森ならでは


 つづく“ブルース・マシーン”のステージでは、ゲストとしてギタリストの山本恭司氏が特別参加。Shun、ヴィノと共に華麗なギター競演を繰り広げ、シカゴ・ブルースにロックテイストを注入、往年のギター少年たちを熱狂させた。
 しかし、日本のスーパースターとて“ブルース・マシーン”の中では新参者だったのか、楽屋ではちょこんと隅の方でほかの(シカゴ)メンバーに話しかけられることもなく座っていたそうだ。普段はあり得ないシチュエーションに、本人曰く「とても新鮮だった」。ただ、ひとたび同じステージに上がったあとは互いに認め合い、リスペクトし合える。「それが音楽のいいところだよねー」(恭司)。

(写真提供: Kyoji Yamamoto)


7月21日 (Day3)
 Festivalのグランドフィナーレとなったこの日、JBF10周年を記念して日米音楽交流イベントが催された。
 まず、チック・ロジャースによるゴスペル・ワークショップ。青森市内で活動しているふたつのゴスペル・グループが、チックにゴスペルを指南してもらう公開ステージ教室。彼女がまずお手本で聴かせた『Amazing Grace』に、会場は息をのんだ。それもそのはず、彼女は9歳から教会で歌い始めた筋金入りのゴスペル・シンガーなのだ。


 つづいて、マシュー・スコーラーによるブルース・ハーモニカ講座。ハーモニカ初心者の小学生5人にマシューがやさしく丁寧に吹き方を教えていく。たった25分という短い時間だったが、最後は子供たちの吹くリズムに合わせてマシューがソロで合わせてミニセッションを楽しんだ。
 子供たちは目をきらきら輝かせて「楽しかった」「初めてだったけどうまくできた」と興奮気味。グラミー・ノミネートのミュージシャンから直接指導を受けるという贅沢な夏休みの思い出になったにちがいない。
     一流の音楽に触れた青森の子供たちのなかから、将来、一流のブルースミュージシャンが産まれる日も近い。



そして、今年のJBFを締めくくる最後のライブステージがいよいよ始まった。

“ルーリー・ベル・バンド&マシュー・スコーラー”
とにかく純粋で音楽のことしか頭にない、ルーリー・ベル。
豪快な笑い声とは裏腹に、実はシャイで一人を好む人。心から敬愛していた父親も踏んだこの同じステージで、彼は何を感じてくれたのだろうか。
「日本の人たちはとても熱いハートをもっていて心から演奏を楽しんでくれる。演りながらそれを感じることができるんだ」(ルーリー)


ドラムのウィリー・ヘイズ。柳のように飄々としていて周りをほっこりさせる温かい人。ジョークのセンスと酒の量は誰にも負けない根っからのブルースマン。朝からブランデーの匂いをぷんぷんさせている、大のハードリカー好き。

さっき子供にハーモニカの先生をしたマシューも、ばっちり決めて再登場。ミュージシャンとしてもひとりの人間としてもとても真摯で、細やかな気遣いのできる人。初の来日となった青森で、大好きな刺身と日本酒を堪能、すっかり青森ファンに。

(Photo by Kazuo UTAMURA)

キーボードと、渋いフィンガーピッキング&スライドギターを存分に聞かせてくれた、ビル・シムズ・ジュニア。ルーリーの『The Devil Ain't Got No Music』でも、彼のギタ―が前面にフィーチャーされている。今回のメンバーのなかではただ一人NYからの参加。音楽に対する愛は並大抵じゃない。本当に熱いハートの持ち主。

(Photo by Kazuo UTAMURA)

おちゃめなロマンチスト、ベースのフェルトン・クルーズ。“Chicago Blues The Living History Band”のメンバーとしても活躍する、シカゴでは最も重要なベーシストの一人。
かのマイルス・デイビスが沈黙を破って発表した名盤「The Man With The Horn」(1980)でベースを担当、世界ツアーも回っているキャリアの持ち主。からだもでかいがハートもでかい。



今日のステージではルーリー・バンドに山本恭司氏も飛び入り参加。昨夜の打ち上げの席で、ルーリーに「明日一緒にやろう」と声をかけられ、急にセッションが決まったという。ミュージシャンに言葉は要らぬ。うれしそうにギターでコミュニケーションする二人の姿が印象的だった。 

(写真提供: Kyoji Yamamoto)

 続いて今年のJBFを締めくくる、“ブルース・マシーン”のステージが始まった。
 ブライアン、Shun、ヴィノがそれぞれソロで1曲ずつ歌い、観客を盛り上げる。この 3人は4年前、同じツアーに向かう途中で大事故に見舞われ、その大怪我から立ち直ったサバイバーたち。お互いがこうして生き残って演奏できた喜びはいかばかりだったろう。 とりわけ、2年前にシカゴから台湾に活動拠点を移したShunにとって、彼らとの“ブルース・マシーン”再結成には格別の感があったに違いない。

 亡きココに捧げたShunオリジナル曲、『Queen Of The Blues』の熱唱を聴きながら、ココがこの日を日本のファンにプレゼントしてくれたのではないか、との思いがよぎる。
 「ココはきっと、自分が召される替わりにこの子たちを守ってほしいと神様に頼んだんだよな」初日のステージから戻る車の中でそうメンバーと語り合っていたShunの言葉がふと脳裏によみがえって、熱いものが込み上げる。
 4日間を共にして感じたのは、彼らは皆、とても振る舞いがきちんとしていて謙虚だということだ。ココ・テイラーという人が何を大切にしてバンドメンバーを集めたのか、今回はっきりとわかった。
(Photo by Kazuo UTAMURA)
“ココ・テイラーズ・ブルース・マシーン”
(左から) Shun:現在台湾を拠点に、「シカゴ・ブルースの伝道師」としてアジアの底上げを図るべく幅広く活躍している。間違いなくアジアのブルースシーンには欠かせないギタリスト。ファンを大切にし、謙虚でいつも自分の音に真摯な人。

ブライアン・T・パーカー:ジャンルを問わず様々なトップミュージシャンらとツアーを回る、シカゴでもトップ3のドラマー。Mavis StaplesやTaj Mahalとも共演。チックのCDでも彼がドラムを担当している。礼儀正しく、心優しいナイスガイ。

ヴィノ・ラウデン: “ブルース・マシーン”歴18年のベテランギタリスト。事故の際にはもっとも危険な状態にあり、生命維持装置にかかっていた彼を、同じ病院に搬送されていたShunが「早くよくなってまた一緒に演ろうな」と声をかけたことをはっきりと覚えていたそうだ。「オレを置いていかないでくれ」と全身の力を振り絞ってShunの手を握り返し、意識が戻ったのだという。音楽でつながった命が今ここにある。

メルヴィン・スミス:ベーシスト。Shunがシカゴで最初に出会ったミュージシャン仲間であり、先に“ブルース・マシーン”に加入した先輩でもある。物静かでクールだが、ちゃんとすべてを見通していて調整力抜群。彼の存在は“ブルース・マシーン”には欠かせない。


あのKokoが認めた秘蔵っ子、 チック・ロジャース
今年はシカゴのブルースフェスティバルをはじめ、アメリカ各地で行われているココ・テイラー・トリビュート・イベントでシンガーを務め大忙しの彼女。この小さな体からは想像できないようなパワフルな声に会場は一気にヒートアップした。

(Photo by Kazuo UTAMURA)
               
アンコールの「Sweet Home Chicago」では出演者全員がセッション。歌の最後にはサプライズで海上に大きな花火が打ち上がり、夢のような4日間が一気にフラッシュバック。       (Photo by Masaki Sasaki)
 

◆◆

 3日間の全日程を終え、大成功のうちに記念すべき10周年のJapan Blues Festivalは終了した。地元の人たちの温かい声援、応援、全国から集まったブルース好きの人たちの熱い想い、プロ・アマを問わず出演したすべてのバンド・・・皆の気持ちが見事にひとつになった、手作り感の残る素晴らしいイベントだった。
 これもひとえに、イベント実行委員会(青森商工会議所青年部)の献身的な働きのおかげだろう。一部のコアなブルースファンを対象とするのではなく、地元青森市民の人たちにこそ喜んでもらえ、青森が誇れるユニークな“市民祭り”を作り出そうという信念を貫き通した同志たちが、過去9回の数々の失敗に学びながらこの成功をもたらしてくれたのだ。

 さらにもうひとり、このイベントを陰で支えたのが、ミュージシャンのギターメンテナンスを一手に引き受けたムーニー(Moony)氏。世界中のミュージシャンからひっきりなしに注文が殺到する、知る人ぞ知る“必殺ギター製造人”だ。
 
 今回、ステージ横に特別に設置された「ムーニー・テント」には、Shun、ヴィノやメルヴィンをはじめ、ルーリー・バンドのフェルトンの使い込まれた“Moony製”ギターやベースが持ち込まれていた。

 最高の音を生み出そうと、休みなくチューンナップを続けてくれたムーニー氏こそ、このフェスティバルの功労者と言っても過言ではないだろう。
メルヴィンのベースを修理するMoony氏 (Photo by Moony)

 4日間を振り返り、Shunはこう感想を語ってくれた。
「青森のみなさんの暖かく献身的なおもてなしと、オーガナイズされた仕事ぶりは、いろいろなフェスティバルに出演してきた自分の経験の中でも群を抜いて素晴らしいものです。シカゴのミュージシャン達はもちろん、国内ミュージシャン達もみな出演したがっているのがそれを物語っていると思います。今後もJBFが続き、ブルースファンやミュージシャン達の灯火として輝き続けて行く事を心より祈っています」

 JBFは、ねぶたの前哨戦、青森の宝物として、シカゴと同じ緯度である青森の地に生き続けるだろう。

ありがとう、青森。
ありがとう、Japan Blues Festival。
Let’s keep on bluesin' !




(追記)
 シカゴに戻った私に、あるライブハウスでとある有名ミュージシャンが「青森に行きたかった」と声をかけてくれた。シカゴでAomoriはすでに、“ブルースの聖地”となりつつある。




★今回出演ミュージシャンのおすすめCD情報

ルーリー・ベル 
『The Devil Ain't Got No Music』
ゴスペルとブルースが融合した珠玉のアコースティック・アルバム

マシュー・スコーラー 
『THE MATTHEW SKOLLER BAND | THESE KIND OF BLUES!』
マシュー・スコーラー・バンドによるオリジナル中心のブルースアルバム

『CHICAGO BLUES: A LIVING HISTORY』
第一線で活躍するシカゴブルースミュージシャンによるシカゴ・ブルースの名曲集

Heritage Bllues Orchestra
『And Still I Rise』
ビル・シムズ・ジュニアのアコースティック・ユニットによるブルースアルバム。黒人音楽のルーツとでもいうべき一枚はアメリカでも高い評価を受けている。

チック・ロジャース
『Essentially Yours』

彼女の魅力がたっぷりと。

Shun Kikuta
『Rising Shun』

ココ・テイラーもゲスト出演しているアルバム。


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