Kuni のウィンディ・シティへの手紙



著者略歴 馬場邦子

アメリカの通信社東京支局、及びシカゴ支局で金融をカバー。サンノゼ・マー キュリー・ニュースの 東京支局長アシスタントを経て、フリーに。主にジャパン・タイムズにアート・ レビューを執筆。
2002年より、シカゴ郊外アーリントンハイツに住み、2008年日本に帰国。
公立小学校英会話講師。


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郷愁を誘う画家、ミレーの新たな魅力をさぐる!
〜生誕200年記念の日本での巡回展〜ミレーとアメリカと日本のつながりを考える

 2014年10月4日、画家ジャン=フランソワ・ミレー(1814〜75年)の生誕200年を迎えた。この年にミレーの新たな魅力を堪能できるのは、ミレーの祖国フランスではなく、日本ではないか・・・そう思わせるような二つの大規模なミレーの巡回展が、1年を通して日本で開催されている。日本人はなぜそれほどまでにミレーに敬意を表するのだろうか?この二つのミレー展を振り返りながら、私たち日本人を魅了するミレーと日本との関連性も考えていきたい。

 ミレーというと教科書によくでてくる「種をまく人」や「落穂拾い」で有名な農民画家というイメージが強い。しかし、今回の日本での両方のミレー展とも、親しい人々の肖像画や故郷への郷愁を誘う風景画などで多面的な新たなミレー像を打ち立てている。
 
ミレーの新たな魅力をさぐる展覧会の一つは、「生誕200年 ミレー展―愛しきものたちへのまなざし―」で、ミレーの故郷シェルブールや国内外の地方美術館から80点もの名品が集められた。7月からの山梨県立美術館を皮切りに、9月から府中市美術館、11月から宮城県美術館で開催されている。

 「(今回の展覧会で)農民画家ミレーの古いイメージを刷新したい。油絵が約400点のうち、肖像画120数点、風景画150点、農民画は100点未満、残りは聖書や神話が主題の歴史画とオールラウンドな画家であった」と「生誕200年 ミレー展」を監修した府中市美術館長の井出洋一郎氏は、府中市美術館での講演できっぱりと宣言した。出展数86点中、農民画は3割ほどで、ミレーの人間性に焦点を当て、肖像画の名品を集めたという。井出館長は、日本のミレーコレクションで有名な山梨県立美術館の初代ミレー番学芸員をし、過去さまざまなミレー展に関わり、長年ミレーを研究し続けている。

 もう一つは、「ボストン美術館 ミレー展」で、ミレーコレクションで世界的に有名なボストン美術館所蔵の「種をまく人」(1850年)が30年ぶりに日本で公開され、注目を集めている。この展覧会は、2月からの高知県立美術館から始まり、4月から名古屋ボストン美術館、10月からは東京丸の内の三菱一号館美術館で開催されている。

 





 
 まずは、府中市美術館のミレー展を振り返ってみよう。従来のアースカラーのイメージのミレーを払拭するかのような真っ赤な壁の入口を抜けると、いきなり3人の肖像画に迎えられた。結婚2年目で亡くなった最初の妻、ポーリーヌ・オノと親戚の肖像画。少し小首をかしげた愛らしいポーリーヌ。


「青い服を着たポーリーヌ・オノ」(1841−42年)(中央)
トマ=アンリ美術館

  他にも2枚のポーリーヌが出ていて、どのポーリーヌもこちらをじっと見つめていて、私たちを離さない。もう1枚の同じ黒髪のポーリーヌ(もう1枚はブロンドの髪)は、やや寂しげな目に憂いを秘め、その短い命をあたかも暗示しているかのようなせつなささえ感じられる。知的で凛とした表情の隅々にミレーがいかに愛を深く育んだかがわかる肖像画である。
(左)「部屋着姿のポーリーヌ・オノ」(1843−44年) トマ=アンリ美術館
(右)「ポリーヌ・V・オノの肖像」(1841−42年) 山梨県立美術館

        ポーリーヌの純粋であどけない表情の横に、人を射抜くような挑発的な目を向けるミレーの自画像が目を引く。サロン初入選の翌年頃描かれたこの作品は、真っ白な肌に挑戦的なまなざしとへの字に曲げた唇で、「画家として絶対に成功する」というミレーの確固とした人生の決断を表わしているかのようだ。



自画像」(1841年) トマ=アンリ美術館
 井出氏は、ミレー絵画における家族や友人たちへの親密性を強調し、この展覧会でも20点近い肖像画が展示されている。三男六女もの子供に恵まれたミレーは、子供たちへの愛情が深く、肖像画で有名なルノワールの原型がミレーで、ルノワールからも尊敬されていたという。「ミレーは一時肖像画を生活のために描いたが、生涯を通じては愛情、友情の表現として描いた」と井出氏は語る。

 ミレーの家族あるいは人々への慈愛の精神は、貧しい人に施すパンを娘に促す「慈愛」(1858―59年、トマ=アンリ美術館)という作品に溢れている。外からのオレンジがかったピンク色の穏やかな光が薄暗い部屋の中にいる母と娘の半身を照らし、宗教や時代など関係なく、慈愛というもののほのぼのとした温かさが感じられる。子どもたちに食事を与える女(ついばみ)」(1860年頃、リール美術館)の口を開ける子どもの決定的な愛くるしいしぐさから、ミレーの子どもたちに対する深い愛情が垣間見える。

 そういう親密さや慈愛の心を印象づけられると、「落穂ひろい、夏」(1853年、山梨県立美術館)や縦長の種をまく人」(1847―48年、ウェールズ国立美術館)(「種をまく人」は5点存在する。)鳶鳥番の少女」(1854―56年、ウェールズ国立美術館)などの農民の人々のさまざまな姿にまでミレーの人々に対する同じ気持ちが伝わってくるようだ。パリからバルビゾンに移住し、社会的な雑念から離れ、自然と向き合って自分の画才に精進したミレー。私たちを長年惹きつけてきた独特のアースカラーに彩られたミレー絵画の原点がここにあるのかもしれない。

              



 神話から題材をとった四季連作の二大作(ダフニスとクロエ)」(1865年、国立西洋美術館)(凍えたキューピッド)」(1864―65年、山梨県立美術館)の2枚も横に並べられ、共通の慈愛を感じさせる幻想的な夢空間を創り出していた。

 三菱一号館美術館の「ボストン美術館 ミレー展」も自画像や妻の肖像画で始まっているが、ハイライトは、ボストン美術館所蔵の名作種をまく人」(1850年)の部屋。照明を落とし、暗がりから種をまく人が抜け出てくるかのような躍動感は圧巻である。農民の表情が帽子の影で見えないせいであろうか、青白い粗末な作業着を通して鍛え上げた足の筋肉が強調され、平原を駆け抜けるときに湧き上がる冷たい空気さえ感じられる。

 そして、贅沢なことに、この大作の周りに、刈り入れ人たちの休息(ルツとボアズ)」(1850―53年)羊飼いの娘」(1870―73年)というボストン美術館の三大ミレーコレクションがそろっている。


 この三大作に見惚れ心を奪われてしまったかと思いきや、再びミレー作品は私たちに慈愛の心の明かりをともしだす。「洗濯女」(1855年)でのオレンジ色の夕暮れの背景の美しさと二人の女性の親密さは、府中市美術館で観た私のお気に入りの作品「慈愛」にも通じる温かさを感じる。また、2つの同じタイトルの編み物のお稽古」(1854年頃)(1860年頃)の母と子のぬくもりは、再びミレーの家族への愛を深く感じる瞬間だ。

 ボストン美術館が170点ものミレー作品を収集できた理由は、19世紀にボストン出身の画家やコレクターたちがミレーと関係を築き、作品を購入していったことに由来する。ミレーの才能を最初に認めたのが、フランス人よりもアメリカ人であった。その一人、芸術家で留学生のウィリアム・パーキンス・バブコップは、1849年からバルビゾン村でミレーと過ごし、同じく留学生の芸術家ウイリアム・モリス・ハントを紹介し、ハントはミレーの弟子になり、1850年-51年のサロン(官展)で魅了された「種をまく人」を購入した。そして、ハントの友人でボストン美術館初代館長のマーティン・ブリマーは、展覧会に出展されている「刈り入れ人たちの休息(ルツとボアズ)」(1850―53年)「洗濯女」(1855年頃)2枚の「編み物のお稽古」(1854年)を購入し、ボストン美術館の主要なコレクションとなっていった。(マルコム・ロジャース 序文『ボストン美術館 ミレー展』p13−14)

 1850年代のボストンはというと、イタリアを中心としたルネッサンスの現世の肯定、個性の重視、感性の解放という人間中心の思想の流れが、アメリカの民主主義精神と一致したアメリカン・ルネッサンスの中心地。アメリカ文学では、自然と真摯に向き合い個人主義を貫いた偉大なラルフ・ワルド・エマソンやその弟子と言われたヘンリー・デイビッド・ソローを輩出した土地で、二人ともハーバード大学で教育を受けている。ミレーの自然主義的な主題は、ピューリタニズムとアメリカン・ルネッサンスを推し進めるボストンという土壌に合致したに違いない。(スーザン・フレミング執筆 原田平作翻訳 ジャン・フランソワ・ミレーのボストンの後継者たち 序『ミレー展 ボストン美術館蔵』p18参照)

 井出氏はミレーがエマソンの著作を読んでいたことに言及し、その関係性を著作でこう述べている。(文頭略)アメリカ人のピューリタ二ズムが資本主義の精神と結びつき、その延長線上にミレーの「晩鐘」(1857―59年)があり、「鍬に寄りかかる男」(1860―62年)があることを教えてくれる。(略)1865年に終わった南北戦争の傷から立ち直り、インフラを復興して国民が再び団結し、世界で覇を競うべきアメリカの資本主義社会にとって、まさにミレーの絵画は「努力=勤勉」「情熱=信仰」の二大要件を可視化したアイコンたりえたのだ。(『「農民画家」ミレーの真実』p154−155)

 それに対し、日本でのミレー崇拝はいつから起こったのであろうか。日本美術史の文献をたどると、1876年日本の西洋美術教育学校として工部美術学校が設立された際に、バルビゾン派とも交流があったイタリア人画家フォンタネ―ジが教師として招かれ、西洋の正統な絵画理論を教えたときに、コローやミレーのことを話したという。

 1890年の第二回明治美術会展で、明治時代活躍した美術商林忠正がミレー作品2点を参考品として出品し、初めて日本にミレー作品が紹介された。(小野迪孝 日本におけるミレー史『開館一周年記念特別展 ミレーとバルビゾン派』p171−174)この時、フォンタネージの弟子浅井忠は、名作「収穫」を出品した。浅井は、日本の田園風景や農村を題材にし、「日本のミレー」と言われるほどその作風に影響を受けている。自宅にミレーの「落穂拾い」の下図の額をかけ、後にバルビゾンも訪れている。今回の「ボストン美術館 ミレー展」でも「ミレー、日本とルドン」という部屋で浅井の「花畠」(1904年、三菱地所株式会社)が、同じくミレーを評価した黒田清輝の「摘草」(1891年、三菱一号館美術館寄託)と共に出展されている。

 3年後の1893年、シカゴでコロンブスのアメリカ大陸発見400年を記念した万国博覧会で、久保田米僊が世界各地の美術品を模写し、木版刷りにした書物が同年に大倉書店から出版された。その中に「鍬による人」「落穂拾い、夏」のミレーの2作品が掲載された。(小野迪孝 日本におけるミレー史『開館一周年記念特別展 ミレーとバルビゾン派』p173)これが日本でミレー作品が掲載された最初というから、ミレー、日本、シカゴの接点が見つかった。シカゴ発の情報誌「US新聞」に書く身としては、まさに小躍りしたい気分である。

 そして、1902年に日本で初のミレーの伝記が一人の農夫である「アンジェラス(晩鐘)の画家」として岩村透によって紹介され、(『「農民画家」ミレーの真実』p174−175)徐々にプロテスタンティズムの象徴として一般家庭にもその複製が飾られ、人々の心に浸透していくようになっていった。「種をまく人」は岩波書店のマークになっているほどだ。

 井出氏によると、高橋由一や夏目漱石がミレーの模写をし、萩原守衛も深くミレーを敬愛し、有島武郎も崇拝していたという。日本では偉人伝などを通して、「清貧で敬虔な農民画家」だという道徳的な偉人のイメージが作られていった。(『「農民画家」ミレーの真実』より)

 日本人に明治時代からここまで愛されたミレー作品の大きな理由を三菱一号館美術館の学芸グループ副グループ長で、今回のミレー展を担当した安井裕雄氏はこう指摘する。「自然とともに生き、四季の中で農耕を営むというミレーの自然観は、日本人にはなじみやすい。(ミレー作品における)冬の雪降る枯木立、夕焼け、月の夜や星の夜などのドラマティックな自然の諸相は、昔から(日本人が)惹かれてきた自然の表情と重なると思う。清少納言などが文学に残した冬の寒さや、ラフカディオ・ハーンが記録した夜の片隅の何ものかの気配にも美を見出すような自然感覚が日本人にはある。ミレーが持つ北方のロマン派のようなロマンティックな自然感覚は、生きとし生けるものに神を見出してきたアニミズム的な日本人の感覚に受け入れられやすいのだろう」と分析した。

 また、アメリカや日本でミレーがこれほど受け入れられた理由を社会的な背景から井出氏が次のように語った。「(アメリカも日本も)近代国家が発達していく中で、農村から都会に出てきて、生活に疲弊し、農村は廃村していき、故郷に(帰りたくても)帰れない人々がたくさんいる。それは(アメリカも日本も)共通の思いだ。その心情をミレーは絵で代弁しているから、人々の共感を呼ぶのだろう。最近の中国でのミレー人気も同じことがいえる」
 『「農民画家」ミレーの真実』(p207)によると、「2010年に上海国際博覧会で展示された「晩鐘」、また2012年11月に上海中華芸術宮(国立美術館)の落成を記念して展示された「落穂拾い」の圧倒的な人気は、まるで日本の1960年代から70年代のようである」とあり、井出氏は世界での共通な理由によるミレー人気に言及している。安井氏によると、「ボストン美術館 ミレー展」は、韓国にも巡回するという。  
日本のミレー研究の第一人者 府中市美術館長、井出洋一郎氏
 
 府中市美術館のミレー展の最後は、ミレーの故郷のクレヴィルの海や村を描いた風景画群でまとめられていた。井出氏によると他の作品の背景にも故郷とバルビゾンの風景が織り込まれているという。これは農民にならず故郷を捨て、パリに出て画家の道を歩んだミレーの強い望郷の念がでているからだということだ。


「クレヴィルの断崖」(1870年)山梨県立美術館

 ミレー絵画に出会うと自然に心がなごみ、その色合いにふと言いようのない懐かしさがこみあげてくるのは、ミレーが絵に込めた強い郷愁の思いに共感して、寄り添えるからかもしれない。今後も日本人のミレーに対する思い入れの深さは続くにちがいないであろう。

 シカゴ美術館にもミレーの代表的な作品が所蔵され、常設展示されている。シカゴ在住の方々はミレー生誕200年を機にぜひミレー作品を鑑賞し、それぞれの新しい視点からのミレー像を発見していただければと思う。
 なお、シカゴ美術館附属美術大学研究員斉藤博子氏の調査によると、シカゴ美術館はミレーの作品を150点ほど所蔵しており、その殆どが銅版画やスケッチだが、下記の部門に現在8点の油彩が常設展示されているとのことだ。

 この8点の作品の中で、「仔牛の誕生」(下記の4点目)を安井氏は「他にほとんど類例のない面白い主題」として評価している。仔牛の表情、到着を待ちわびた女の子たちの様子など細かく描かれている。いろんなミレーの記憶がちりばめられているという。1864年のサロンで、この作品と「羊飼いの少女」をサロンに送り、「羊飼いの少女」が1等賞を得た。(『もっと知りたいミレー生涯と作品』p48)


■シカゴ美術館の中世およびヨーロッパの絵画と彫刻部門、222室と224室に下記のミレー油彩作品4点づつ常設展示中。
(Department of Medieval through Modern European Painting and Sculpture)

< Gallery 222 >

In the Auvergne, 1866/69
Oil on canvas
81.5 cm x 99.9 cm
Potter Palmer Collection, 1922.414
http://www.artic.edu/aic/collections/artwork/81516

Young Woman, 1844/45
Oil on canvas
52.1 cm x 62.4 cm
Potter Palmer Collection, 1922.415
http://www.artic.edu/aic/collections/artwork/81519

The Keeper of the Herd, 1871/74
Oil on canvas
71.7 cm x 91.5 cm
Mr. and Mrs. W. W. Kimball Collection, 1922.4462
http://www.artic.edu/aic/collections/artwork/4776

Peasants Bringing Home a Calf Born in the Fields, 1864(仔牛の誕生)
Oil on canvas
81.1 cm x 100 cm
Henry Field Memorial Collection, 1894.1063
http://www.artic.edu/aic/collections/artwork/111648

< Gallery 224 >

The Little Shepherdees, 1868/72
Oil on panel
35.7 cm x 25.5 cm
Potter Palmer Collection, 1922.413
http://www.artic.edu/aic/collections/artwork/81515

The Woodchopper, 1858/66
Oil on canvas
81 cm x 65 cm
Potter Palmer Collection, 1922.416
http://www.artic.edu/aic/collections/artwork/81521

The Sheepsphearers, 1857/61
Oil on canvas
41.2 cm x 28.5 cm
Potter Palmer Collection, 1922.417
http://www.artic.edu/aic/collections/artwork/81522

Woman Feeding Chickens, 1846/48
Oil on canvas
45.8 cm x 38.2 cm
Henry Field Memorial Collection, 1894.1064
http://www.artic.edu/aic/collections/artwork/111646


■「生誕200年ミレー展―愛しきものたちへのまなざし―」は山梨県立美術館、府中市美術館と巡回し、12月14日まで宮城県美術館で開催中
http://www.pref.miyagi.jp/site/mmoa/exhibition-20141101-s01-01.html

■「ボストン美術館ミレー展 傑作の数々と画家の真実」は、高知県立美術館、名古屋ボストン美術館と巡回し、2015年1月12日まで東京丸の内の三菱一号館美術館で開催中
http://mimt.jp/millet/


◆引用文献
井出洋一郎『「農民画家」ミレーの真実』NHK出版新書 2014年2月10日発行
『ボストン美術館 ミレー展』カタログ 中日新聞社 2014年発行
『ミレー展 ボストン美術館蔵』カタログ 日本テレビ放送網株式会社 1984年発行
『開館一周年記念特別展 ミレーとバルビゾン派』カタログ 山梨県立美術館 1979年発行
監修高橋明也、著者安井裕雄『もっと知りたいミレー生涯と作品』 東京美術 2014年発行

◆参考文献
『生誕200年 ミレー展―愛しきものたちへのまなざし―』カタログ 2014年 ホワイトインターナショナル発行
高階秀爾 『岩波日本美術の流れ6 19・20世紀の美術』岩波書店1993年7月19日発行
井関正昭 『日本の近代美術・入門1800―1990』明星大学出版部1995年9月20日発行


    ( 写真撮影:馬場邦子 調査協力:シカゴ美術館附属美術大学研究員、斉藤博子)





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