シカゴ日本人学校全日校だより
                         井口選手からのプレゼント


 「ママ、井口選手からのプレゼントだよ!僕、絶対、絶対行く!絶対行きたい!」先月下旬、小学2年の次男が、スクールバスから降りてくるやいなや興奮した声で叫んだ。「本当に井口選手が子供たちをセルラーフィールドへ招待してくれるのだ。子供たちとの約束を守ってくれたのだ。」私は信じられない面持ちで、シカゴ日本人学校からの案内を見つめていた。 

 忘れもしない去年の11月17日、シカゴホワイトソックスのメジャーリーガー井口資仁選手がシカゴ日本人学校を訪れ、160人の子供たちの前で、講演をし、野球教室を開いてくれた。その2週間前ぐらいに井口選手が来ることになったとわかってから、日本人学校は騒然とした空気に包まれていた。

 急きょ野球を経験した子供たちが集められて、毎日昼休みに練習。この子供たちが井口選手の野球教室に参加することになったからだ。

 井口選手がいつ来るのかわからないから、子供たちは毎日今日か今日かとどきどきしながら、学校に行った。中には、毎日ホワイトソックスのティーシャツを着てその日に備えていた子もいたようだ。

 そして、当日ユニフォーム姿ではなく、縞のブルーのワイシャツと黒いズボンをはいたグランドのイメージとは違う雰囲気の井口選手が現れたとき、子供たちの興奮は最高潮に達していた。

 井口選手が最初に「小さい頃からプロ野球選手になりたいという夢を持っていて、その気持ちが人一倍強かったから夢がかなったんだと思う。」と力を込めて子供たちに熱っぽく語った。その夢実現のために小学校のとき、家の庭に大きなゴルフのネットを買ってもらって、学校での全体練習の後に家で毎日練習したり、母親の自転車の後ろをランニングしたりして人一倍努力したことも話してくれた。

 この話は、今年元旦にNHKで放映された「平成なるには物語」でも詳しく紹介された。「土日の練習では足りず、もっと野球をうまくなりたい」という井口選手の思いに答えて、井口選手が小学校5年生の時から、母親である昭子さんが毎日学校から帰った井口少年にゴルフネットを使って、トスバッティングのトスを上げ続けたという。内職の仕事を夜に回して、井口少年に毎日夕方1時間つき合い、そしてそれが中学、高校と続いたという。井口少年の鋭いスイングによる打ち損じの打球で絶え間なくあざや傷ができながらも、昭子さんは「大変さを感じず、子供と一緒にやれて楽しかったし、(子供のトレーニングに)参加している気分だった。」と語っている。

 イチローの父親が毎日練習に何時間もつき合った話は有名だが、野球少年の練習につきあえるすごい母親もいるんだと驚愕した私は、トスバッティングを庭で中学1年の上の息子に試みたが、とても毎日は続かない。ただ、たまに軽くキャッチボールにつき合うときに、(もう息子が本気で投げるととれないが)昭子さんが言った「息子と一緒に何かに参加していると楽しい」という気持ちは理解できるような気がした。しかし、そんな風に大変な子育てを楽しめる器の大きな昭子さんを心底尊敬する。

 「平成なるには物語」では、井口選手の両親が毎晩ちゃぶ台を囲んで、夕食を一緒にとりながら、その日がどんな1日だったか子供たちの話を一生懸命に聞くことの大事さが、子供の才能を引き出す一歩に結びついたことも紹介していた。小学校1年生の井口少年の生き生きとした野球に対する話しぶりから、昭子さんは、井口少年が「野球がすごい好きなんだ。」とその食卓のちゃぶ台で感じとったという。そして、礼儀正しい態度と他人への思いやり、夢をあきらめないことを徹底的に井口選手に両親はしつけたことで、周りの人の意見を聞き、チームのために尽くすことの大切さを井口選手は学んでいったと描かれていた。

 井口選手が丁寧に子供たちの質問に答えた後、野球教室にはいっていったが、やはり子供たちに野球を教えるときの井口選手の方が、水を得た魚のように生き生きしていたような気がする。中村泰章校長もその時、「野球を通してみんなに語りかけている。野球に賭けている思いがでているのに、みんな感動する。」と言っていた。地元のリトルリーグで今年で6年目を迎える上の息子も「その時の井口選手の顔はとてもうれしそうでした。その時に、この人も野球が大好きなんだなと思いました。」と文集に書いている。息子は、井口選手にバッティングを直接指導してもらったのだが、「井口選手が後ろに立つと、メジャーリーガーとしてのものすごい気を感じた。」とも書いている。野球をやっている者同志にしかわからない何かを感じとったのだろう。

 息子の将来の夢は、日本のプロ野球の選手になり、いつかメジャーリーガーになることだが、井口選手のメジャーリーガーとしての迫力あるプレーを間近に見て、その思いがますます強くなったようだ。

 息子以外にも井口選手の来校が大きな転機になった子供たちはたくさんいる。そのことをきっかけに、今年から野球チームに入って頑張っている4、5年生の男の子たち。そのうちの1人、5年生の男の子も野球選手になるのが夢だという。去年野球を続けようか迷っていた中学1年の男子。井口選手から勇気をもらって、今年は2塁手として井口選手の動きを参考にしながら、活躍中だという。井口選手の話を聞いて、野球をやりたくなっただけではなく、それまで嫌いだった勉強も一生懸命頑張るようになった4年生の男の子もいる。

 「みんな日本から離れて大変だろうが、強い目標を持ってやるのにいいチャンスなので、日本語や英語を頑張って。」と井口選手が激励したためだ。女の子たちも井口選手の話を自分におきかえて頑張ろうという気になったという。日本人学校訪問の時、井口選手は、日本人学校の子供たちをセルラーフィールドへ招待してくれると約束したが、それを本当に守ってくれた。5月13日、150人もの日本人の子供たちがセルラーの一角を埋め尽くした。みんなでメジャーリーグの試合を見に行って、「イグチ、イグチ、イグチ」とプラカードを胸に大声をはりあげ、井口選手を応援したことは、彼等の一生の思い出になることだろう。

 話が横道にそれるが、アメリカ駐在の野球好きの家族にとっての最大の楽しみは、このように身近に日本人メジャーリーガーを感じられることであろう。井口選手の所属するシカゴホワイトソックスは、月1回ぐらいの割合で、「キッズディ」という子供たちが選手と交流できるイベントを用意している。早めに球場に行き列に並ぶとサインがもらえたり、写真を一緒に撮れたりする。アメリカ国内だと移動が楽なので、家族でもあちこちの球場に行って、目あてのメジャーリーガーがでる試合を見れる。うちの家族は、去年は、シアトルでマリナーズの城島選手のデビュー戦を見たし、今年はカンザスシティで松坂選手のデビュー戦を見た。

 井口選手は、日本人学校を訪問した次の日、地元の人たちと野球を通して交流を楽しんでいる。井口選手が監督をしている「ゴールデンソックス」と地元のソフトボールのチーム「マリンジェッツ」(通称MJ)が軟式野球で対戦した。主人がMJのキャッチャーだったので、私も応援しに行ったのだが、私たちは、はたしてメジャーリーガーが本当に現れるかどうか半信半疑だった。私たちが行くと、井口選手が早くからきて、すでにグラウンドの準備をMJメンバーと行い、練習をしていたのでびっくり。ダブルヘッダーで、1試合目は井口選手はノーヒットで、MJの勝利。なんと1試合目の途中から井口選手はピッチャーとして登板。

 容赦なく速い球をズバズバ投げ、MJ打線をきりきり舞いさせ、2試合目は井口投手が完投。井口選手のヒットでゴールデンソックスが勝利した。MJのメンバーはこのときの試合を「夢の対決」とよんで今季の心の糧としている。

 子供たちや大人たちにも野球を通して夢を与えてくれた井口選手。日本人学校の入り口正面のガラスケースに井口選手からのプレゼントが飾ってある。井口選手直筆のサインがはいったホワイトソックスのトレードマークである黒いバットと井口選手の手形が目に入る。ここを通るたびに子供たちは、思い出すであろう、井口選手が子供たちの心に与えてくれた大きな大きなプレゼントを。


文・写真:馬場邦子 / 写真:藤河信喜

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