メジャーリーガー、田口壮選手の笑顔が子供たちに残してくれたもの

メジャーリーガー、田口壮選手の笑顔が子供たちに残してくれたもの
〜田口選手のベースボール・クリニックにて〜



  「笑顔で野球をやろうよ!」「思いっきり振れ!」現役メジャーリーガー田口壮選手が、シカゴで野球を愛する日本人の子供たちに、少年のようなとびきりの笑顔で、心を込めて語りかけ、励まし、野球の基礎技術を1人1人にわかりやすく丁寧に教えた。


「アルバート選手に近づこうと努力している」と田口選手
  11月17日(土)、シカゴ郊外アイタスカ市のウエスティン・シカゴ・ノースウェストホテルのバンケットルームにて、ANA主催の田口壮選手のベースボール・クリニックが行われた。今シーズン野球チームに所属したことが参加資格で、抽選で選ばれた小学2年生から中学2年生までの20人の野球少年たちが、憧れのメジャーリーガー、田口選手との交流を野球を通して思いっきり楽しんだ。

  うちの二人の息子たちも抽選で運よく選ばれ、心待ちにしていたこの日、小学2年の次男がめずらしく「緊張するなあ・・・」とつぶやいた。

「大丈夫、野球のシーズンが終わってもこつこつ練習を重ねてきたから。田口選手からいろんなことを吸収するんだよ。」と心の中で祈る。こちらも田口選手がどんな指導をしてくれるか期待でドキドキする。

  眩しいほどの笑顔をたたえ、グレーのパーカーをはおり、セントルイス・カーディナルスの象徴である赤のシューズをはいた田口選手がふらりとあらわれた。ごついメジャーリーガーのイメージと違って、中肉中背の普通の人という印象。そして、メジャーリーガーとは思えないほど気さくな態度と受け答えで、子供たちの緊張は一気になごんだ。


まずカーディナルスや田口選手にまつわるクイズで始まる。社会人野球をやっていたお父さんの影響で、3歳の頃から野球を始めた田口選手。一番みんなを悩ませたクイズは、田口選手の背番号99番の由来だった。

終始笑顔が絶えない気さくな田口選手

日本のオリックス時代の背番号6番を使いたかったが、カーディナルスでは永久欠番で使えず、また9番、1番ともに永久欠番で使えず、66番は現役選手が使っているので、これも使えない。それで、「つけていた6番をひっくり返して倍にしておけば僕の運勢も上がってくるかな。」ということで、99番になったという。99番という背番号には、深い意味が込められているとみんな頭をひねってさまざまな答えを考えたが、その単純でユーモラスな発想に脱帽。


記念品を直接手渡す田口選手
そして、田口選手への質問コーナー。メジャーリーガーになって一番大変だったことは、やはり英語という言葉の壁だったという。「アメリカに来て、最初通訳がいなくて、わからなかったけど、いろんなアメリカ人の選手に助けてもらって、ちょっとづつ勉強して、今ではある程度しゃべれるようになった。」と田口選手は振り返る。

  田口選手は、2001年オリックスからFA宣言して、翌年、カーディナルスに入団したが、「まったく打てずに」なんと3Aのマイナーに落ちてしまう。「3Aで自腹で通訳をつけるのもどうなんやろというので、以後、カタコトながら自力で英語と取り組もうと思ったのです。チームメイトと壁を作りたくもなかったですしね。結果として、これがよかった。(略)カタコトながらも自力でしゃべろうとする僕を、チームメイトは面白がって受け入れてくれました。」と近著「タグバナ」で語っている。「タグバナ」には、野球を心底好きなメジャーリーガーたちとの底抜けに明るいやりとりが、面白おかしく描かれている。以降、カーディナルスで、マイナー降格などの紆余曲折を繰り返しながら、徐々に信頼を勝ち取り、いまやチームに欠かせない存在となった。(「タグバナ」田口壮著、世界文化社より)

  「メジャーにきて、一番苦労したことは?」という質問に、田口選手のそれまでの笑顔がふっと消え、一瞬下を向いた。「日米の違いを見極めて、どういう練習をしたらいいか考えて、いっぱい練習したこと。」と子供たちにわかりやすく答えたが、もしかするとその一瞬、今までの6年間のアメリカでの厳しい道のりを振り返っていたのかもしれない。

  中学1年の長男は、将来プロ野球選手をめざしているため、自身の技術の向上とともに日米各選手のデータを日々分析するのが趣味。「田口選手の好きな球種、コース、好きなピッチャー、リードが読みやすいキャッチャーは?」と専門的な質問をぶつける。「まっすぐに強いと言われている。100マイル(約161キロ)投げられても何とも思わない。田口選手は変化球が好き。コースは、まっすぐ打つならアウトコース、変化球ならインコース、どっちにしても一番手をださないのは、インコースの低め。」「得意なピッチャーは全員。」とうれしそうに続ける田口選手。「いいピッチャーとやるのが楽しい。たとえば、(グレッグ)マダックス(17年連続15勝以上をマークした精密機械と呼ばれる大投手)や今年サイ・ヤング賞をとった(ジェイク)ピービーたちと対戦するのが楽しい。」と言ってのける。一番苦手なのがメッツの300勝投手トム・グラビン。今まで一回も打てていないと言う。キャッチャーのリードを読みやすいのはラテン系で、リードが単純で対戦しやすいという。

  2006年のリーグチャンピオンシップ第2戦、6対6の同点で迎えた9回、それまでカーディナルスのみんなを苦しめ、最速160キロをだすメジャー屈指のメッツのクローザー、ワグナーから、代打で登場した田口選手は、ファールで粘り、ライナー性のホームランをたたき、名将ラルーサ監督を驚かせた。そして、次の3戦でも、ワグナーを攻略し、2塁打2打点をたたきだす。この田口選手の活躍で、第7戦の最後の試合では、ワグナーの出番を封じ込め、カーディナルスのリーグチャンピオンが決まる。そして、ワールドシリーズ第4戦、3対2でリードされた場面。代打で確実なバントを決め、相手のミスをも呼び込み、試合の流れを変え、自身逆転のホームを踏み、見事カーディナルスを優勝へと導いた。


「投げるときに、必ず一歩前にきき足を直角にする」
と、キャッチボールの基本を見せる田口選手
「大舞台がそうさせた。」とNHK衛星番組「メジャーリーガーの群像」で、田口選手は語っていたが、それまでの並大抵でない苦労を重ねた道のりがあるから、大舞台で活躍できたのだろう。

  いよいよ子供たちが待ちに待った田口選手からの実技指導。子供たちは大勢の大人たちが見守る中、メジャーリーガーからの指導に普段よりやや緊張した面持ちで挑んだ。まずは、キャッチボールをして、各自フォームを見てもらう。ボールを捕るときは、正面で両手で捕り、投げるときは、必ず一歩前にきき足を直角にして、投げることを何回も自分で見せながら指導。この直角という所がポイントだと何回も強調。


小さな子たちには励ますように、大きな子供たちには隅々まで(アメリカ野球の原点リトルリーグの魅 力
  2年生の次男が必死に自分の投球を田口選手の前で披露する。田口選手は、その場で座ってじっくり見ながら、「いい投げ方してるなあ。」と言いながら、ポンと体に触れてくれる。クリニックを受けている子供たちの中で最年少の次男は、黙々と小さな体をめいっぱい使って投げ、そのうれしさを体で表現しているのがわかる。次男は、去年からT-ボールを地元のリトルリーグで始めて、今年は2シーズン目のチームでの野球を経験したが、アメリカ人の子供たちのパワーや技術力に親の私がびっくりしていた。親子で奮起して、シーズンが6月に終わってもこつこつ練習を続けた。秋からファンダメンタル・ベースボール・クリニックにも週一回通っている。主人がいないときは、私がトスバッティングを上げて、キャッチボールにもつきあった。だから、田口選手の一言が子供以上にうれしくなってしまったのは、母親である私だ。また、子供たちが田口選手の教えを守って投げていると、「OK、完璧だ!」「よし、いいぞ!」と大きな声で励ましながら、頭をなでてくれる。

  次に、内野手のゴロの捕り方の説明。ボールを捕った後、体のバランスを保つため、グラブを体の真ん中、おへそのあたりに持ってくるのが第一のポイント。そして、次のポイントは、投げるときコントロールをつけるため、きき足である右足(きき足が左の子は左)を軸足である左足の前に通す。「これは、基礎中の基礎で、これができるとファーストにストライクも投げられるし、ボールが確実にとれるようになる。」と田口選手が強調する。外野手のフライの捕り方は、基本的には、必ず、自分より前でボールを正面で両手で捕り、投げるときの基本の足のステップの動きは内野手と同じ。
きき足のステップの違いを念入りに説明する田口選手

小学生の間はこれでいいのだそうだ。ただ、中学生ぐらいになったときは、きき足を前に通すか後ろに通すか状況に合わせて使い分けなくてはいけない。田口選手、「すごくむつかしいポイントだ。」と前置きして、「バックホームするときのように遠くへ強く投げたいとき、逆にきき足を軸足の後ろへ通して投げる。」と強調する。子供たちは、何回も自分の中でイメージしながら教わったステップを踏んでいる。

  田口選手が1人1人のゴロの捕り方を念入りにチェックする。長男は、田口選手に注意されて、ゴロを捕った後、グラブを体の真ん中に一旦持ってきて投げるということをしたら、面白いようにシャープでコントロールのついた送球になった。「ほら、コントロール良くなった。」と田口選手は励ましの一言を忘れない。地元のリトルリーグのチームでファーストとピッチャーをやる息子にとって、この教えは、来季の守りの大きな財産になる。

  去年11月、メジャーリーガー、井口資仁選手がシカゴ日本人学校で野球教室を開いてくれたときのキャッチボールのポイントは、グラブに軽くあてるように捕って、瞬時にきき手に持ちかえて送球するという教えだった。息子はその高度な技術を見て驚愕していたが、その後練習ですぐに自分のものにしていた。子供たちの吸収力というのはすごいものがある。守備に関して、井口選手は、グラブさばき、田口選手は軸足の動きと、メジャーリーガーによって教えるポイントが違うのも面白い。(井口選手のコラムはこちら


トスバッティングの模範。さすがプロのスイングと歓声
  さて、肝心のバッティング指導。打ったら、頭の位置を動かさないことが大事。「ほとんどの選手がそうだけど、自分の打った球がどこに行ったか気になる。ホームラン打てたか、いいあたりだったか。(球の行方を見てしまう)そうすることで力が抜ける。」と田口選手。田口選手がまず自分のトスバッティングの模範を見せる。頭はぴたっと止まっている。その驚異的なスィングの早さにみんなたじろいでしまうほどだった。今までニコニコしてなんら普通の人と変わらなかった田口選手の全身が、闘争心むきだしの侍に変身して、敵を一刀だにしたような衝撃。一眼レフカメラでそのスイングを写真におさめたが、なんとヘッドからバットの半分ぐらいが写っていない!消えているのだ。恐るべきスピードでスウィングしているに違いない。私は、主人のチームの野球人たちのスウィングを試合中よく写真に撮っているが、こんなことは今までなかった。

身長177センチ、体重74キロのメジャーリーガーの中ではやや華奢にみえる田口選手の体型のいったいどこからそのパワーは生み出されるのだろうか。日米のプロとして鍛え抜かれた田口選手のスーパー・スウィングを目の前で見た子供たち、あるいは大人たちも体中が震えたに違いない。

  そして、子供たち1人1人にトスバッティングのトスを田口選手自ら上げながら、指導する。くりくりした目をますます輝かせて、「思いっきり打て!」「もっともっと打てるぞ!」「絶対あたるぞ!」を何回も繰り返して励ます。不安気な子供には、「笑顔でな!笑顔でやろうよ!」と田口選手らしい言葉を投げかける。その熱血な指導ぶりを見ていると、ごく普通のコーチが子供たちにトスを上げている風景に重なる。この時点で、子供たちと田口選手は、憧れのメジャーリーガーとファンという関係ではなく、コーチと生徒の関係になっていたような気がする。その時のことを振り返って、「田口選手と一緒に野球をやれて、本当にうれしく楽しかった。」と今年初めて野球のチームにはいった小学5年生の本田拓斗君は言う。「なんだか強くなれたような気がする・・・うまくなれたような気がする。」とうれしそうにつぶやく本間君。本間君の母親も「基本を知らないで、チームに入り、全部英語なので指示を聞き流してしまいがちだったが、今回日本語ですごくわかりやすかった。
自ら、1人1人にトスを上げる。「思いっきり打て!」

本人はまた来年チームで頑張る気になっている。」と語った。こちらのリトルリーグでは、アメリカ人の父親たちが監督やコーチとなって指導するが、あくまで試合中心で、日本のように基礎練習や個人のフォームまではなかなか目が行き届かない。日本語で野球の指導を受けるチャンスがない子供たちにとって、田口選手の今回のクリニックは貴重な機会となった。うちの次男は、「田口選手から教わったことを覚えて、練習をたくさんして野球がもっとうまくなりたいです。」と早速、次の日作文にしたためた。

  みんなのスイングを見て、「ボールをしっかり見るようになったが、逆にバットをしっかり振れなくなったので、バットは常に全力で倒れるぐらい振りながら、頭の位置を残しましょう。」と田口選手が一喝。「頭を残そうとすると、体のバランスをくずしやすく、自分のパワーをだしきれないので、まっすぐ腰を回してやる練習も必要だ。」とつけ加えた。バットを持たなくてもいいから、腰の高さでまっすぐ体を回す練習を家でやると、回転度が上がってくるという。

  他の保護者とも話したことだが、全体のクリニックを通して、田口選手は1人1人の子供たちのフォームを見て、瞬時にどこがおかしいか見抜き、一言アドバイスをすると、子供たちのフィールディングやバッティングが見違えるように良くなった。むつかしい言葉は使わず、子供たちの目線で語りかけ、自分から球拾いもし、一貫して「一緒に頑張ろう!」という姿勢をくずさなかった。

ここまでの技術を取得するまでの想像を絶する努力と精神力を培ってきたであろう田口選手だが、子供たちの前では、いっさいそういう面を見せず、誰もがひきつけられるスマイルと人柄の良さで、真摯な態度の子供たちに終始誠意を持って接してくれた。

  最後の挨拶で、田口選手は、「この中西部は、ニューヨークやロスアンジェルスと違って、日本人が暮らすには不便な場所だが、頑張っている子供たちを見るとすごいと思う。僕も中西部で6年生活してきて、今でこそ過ごしやすくなっているけど、最初は大変だと思いもした。そういった意味では、みんなから力をもらえるし、これからもお互い励ましあっていけたらいいなと思います。」と励ましの言葉を子供たちに投げかけた。

参加者と記念撮影

  そして、しめくくりとして、野球をやる以前の基本的な生活に対する姿勢を子供たちに説いた。まず、お父さん、お母さんに、そしてまわりの人たちに感謝することが大事だと。駐在員の親たちの大変さを子供たちに説明し、「常にお父さんとお母さんにありがとうという言葉を忘れないでください。また、チームにかえったら、コーチとか学校の友達とかにささえられていると思います。そういう人たちに対して、ありがとうという気持ちを絶対に忘れないでください。これは、野球をやる前の一番大事なことです。僕もみんなに負けないように頑張ります。」としみじみと語った。


笑顔でサインし、「頑張れよ!」と優しく肩をたたく
  子供たちの「いつかメジャーリーガーになりたい。」という強い夢を私たち親はできる限り後押している。アメリカは、日本と違って、遊ぶにしても野球の練習や試合をするにしても、いつも親たちが車で送り迎えをしなければならない。ウィークディの遠いフィールドでの試合だと、練習時間から含めて3、4時間私たち日本人の母親は、アメリカ人と違って父親の帰りが遅いので、1人で小さな兄弟をかかえてじっとそこにいなければならない。でも、子供たちの純粋な夢の実現を信じたい。そこをおそらく田口選手はわかってくれて、子供たちに説いてくれた。親としてこんなにジーンとして励まされる瞬間はなかった。

「この中からまあ一番早くて、10年後ぐらいにメジャーリーガーがでるだろうし、遅くても20年後ぐらいにメジャーリーガーがでてくることを期待してます。」という最高の励ましの言葉で締めくくり、田口選手は部屋からでるときも、出口で後ろを振り向いて再び深々と頭を下げ、その礼儀正しい姿も印象づけた。


                                                                             記事・写真 馬場邦子




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